ここらでひとつ、ひとやすみ。

書けば、書くほど逃げていき、
思えば、思うほど遠くなる。
とかくこの世は生きづらく、
ただ、嵐が去るのを待つよりなし。
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以前、あるメディテーション(瞑想)の合宿に
参加したことがありました。
それは、10日の間、朝5時から夜9時まで
ひたすら瞑想をするもので、
その間は誰とも話さず、読み書きもせず、
ただ、じっと自分と向き合う生活です。
これまでインドで1回、日本で4回、
その生活を経験したことがありますが、
初めて参加したのは、7年前、インドのジャイプルでのこと。
町から1時間ほど山奥に入ったところに、広大な施設がありました。
参加者は、合計100人ほどだったでしょうか。
宿泊するのは、簡素なバンガローのような個室で、
なかには水道とバケツと、石のベッドがあるだけです。
施設内では、男女が完璧に分けられており、
バンガローから瞑想ホールへ向かう道筋も
決して男女がすれ違うことのないよう、設計されていました。
インド人は夫婦や親子で参加する人も多かったのですが
施設内では家族といえど、男性と女性が触れ合うことはありません。
ほとんどがインド人でしたが、
わたしを含め、外国人も4人ほどいました。
10日もの間、朝から晩まで瞑想が続きます。
1日が数コマに割られていて、
そのなかには「自主練」ともいうべき自分で瞑想をする時間と、
全員でホールに集まって、瞑想をする時間がありました。
男女一人ずつ、60歳くらいのインド人が瞑想の指導にあたり、
全員で集まって瞑想をする前には、
必ず、瞑想法の教えがヒンディ語と英語で説かれました。
時期は8月、しかし山のなかですからそれほど暑くありません。
ただ、瞑想をしている間は身動きするのも許されず、
たとえ、蚊に刺されようとも動くことはできません。
もちろん、腰や足が疲れても姿勢を変えることはできません。
はじめは泣きたくなるほど辛くて辛くて、
毎晩9時に瞑想を終え、部屋に戻ってくると、
痛んだ足や腰を揉んだりさすったりしていました。
そうこうするうち、ようやく最終日を迎えました。
その頃には、ずっと座り続けることにもなんとか慣れてきて
身動きするとなぜ、瞑想によくないのかということや、
瞑想はなんのためにするのかということが
少しずつ、わかってきたような気がしました。
しかし、参加する前に期待していたような
「心が浄化された」とか「生まれ変わった」とか
そんな感動は、正直なところありませんでした。
誰とも話をしない、読み書きをしない生活は
思ったほど苦痛ではなく、
むしろ、「ここを出たら、またうるさい生活が待っているのか」と
がっかりしたほど。
なんといっても、朝には小鳥のさえずりが、夜には虫の鳴き声が、
耳に入ってくるだけの生活です。
これほど、静寂が心地良いと思ったときはありません。
しかし、今日、最後の瞑想が終わったら
もう、朝から晩まで座り続けなくてもいいのだということには、
心から安堵していました。
昼前、最後の瞑想が終わりました。
瞑想ホールを出ると、インド人がお互いに肩を抱きながら
「よくやったね」「おめでとう」「おつかれさま」と
言い合っています。
わたしは満足感と充足感を胸に、昼食をとるため広間へ入ると、
あるインド人女性がわたしの隣に座りました。
彼女は、とても美しいサリーを着ています。
朱色、桃色、黄色の花が、白い生地の上で鮮やかに咲いていて、
気づくと、わたしは声をかけていました。
「そのサリー、とてもきれい」
片言の、たどたどしいヒンディ語です。
考えてみれば、これが10日ぶりに話す初めての言葉でした。
すると、彼女はわたしの方へ向き直り、にっこりと
「タンキュ—」と言いました。
インドなまりの英語ですから、
「サンキュー」が「タンキュー」に聴こえます。
その響きを聴くのも久しぶりなら、
誰かの目を見て、
きちんと真正面から会話を交わすということも久しぶり。
「言葉ってすごい。伝わるってすごい」
そんな当たり前の事実が、熱く胸のなかに迫ってきました。
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ことばというものは、
つかまえるものではなく、吐き出すものでもなく、
ただ、自然と流れ出るに任せるものなのだと思います。
そこで、わたしも少し待ってみることにしました。
決して、ことばが枯れているのではなく、
むしろ、つねにあふれている状態なのですが、
これはある意味、枯れるよりタチが悪く、
本来、見逃してはいけないものまで渦のなかに飲み込んでしまいます。
そういうときは、無理に追うのではなく、
いっそ離れるのがいいのだと、このところ、薄々感じていました。
この洪水がおさまったら
あのインド人女性に話しかけたときのようになれるかな。
というわけで、少しだけおやすみです。
インドへ出発する前には、また、お会いできるといいなと思います。
今日の夕焼けは、まぶしいくらいきれいでしたね。