1年に1回くらい、スイッチが入ったように仕事をするときがあってさ。
朝から晩までずっと、なにかが頭のなかを走ってるんだ。
疲れたとか、もういやだとか思わないうちに、
次のことに手をつけてしまおう、っていうような勢いで。
え、それ以外のときはスイッチオフなのって?
まあ、深いことは突っ込まないように。
ある金曜日、仕事から帰る途中に新宿のスバルビルの前を通ったら
関西方面に行く夜行バスがとまっていてさ、
聞いたら、空席があるから乗ってもいいって言うんだよね。
迷わず乗ったよ。
靴はヒールのあるパンプスだったし、
手には書類のいっぱい詰まった鞄を持っていたけどね。
なぜだろう、このときもきっとスイッチが入ったんだよね、
旅っていうスイッチが。
朝6時前に京都に着いたら、吐く息が白くって。
どうしよう、とりあえず朝から開いているところって思ったら
ここしか思い浮かばなかった。
市内にある錦市場。
まだ朝早かったから、やっている店はそんなに多くなかったけれど、
それでも、漬物屋のおじさんは樽を店先に並べていたし、
外国人の旅行者は、がらんとした通りの真ん中で写真を撮ってた。
わたしは書きかけの書類が入った鞄を右手に持ち、
自販機でコーヒーを買ったよ。あったかかった。
そのとき、わたしは再びなにかのスイッチが入った気がしたんだ。
場所が変わっただけ、格好も持ち物もわたしはなにも変わっていない。
それでも、なんていったらいいのかな、
ひとつの部屋の電気を消して、
次の部屋の電気を点けたみたいな気がした。
電気ってさ、いまいる部屋だけが点いていればいいんだよね。
さっきまでいた部屋や、これから向かう部屋は
暗いままでいいのかもしれない。
みんな明るいから、きっと目がチカチカしてしまうんだ。
いまの、この部屋の電気だけ点けていればいいんだって
早朝の市場のどまんなかで、そんなことを思ったよ。
いま、目の前に夜行バスがとまっていても
わたしは乗らないと思うけれど、
万が一、またスイッチが入ってバスに乗ってしまったら、
今度は八ッ橋でも買って来るよ。
お茶を煎れて、いっしょに食べよう。
もし、スイッチの入るタイミングがわたしとあなたで同じだったら
ふたりでバスに乗るのも、いいかもね。
ふたりで同じ部屋のなか、点いている電気はひとつだけで。