部屋を掃除した。
最近、お気に入りの
Last.fmで、好みの曲を聞き流しながら、
ブラックホールみたいな小宇宙を作っていた押入れの奥も
片っ端から引っ張り出して、「要るもの」「要らないもの」により分けた。
旅のあいだ、毎日つけている日記帳や、
結局、投函せずに終わってしまったエアメールが
不意にどっさり現れて、
掃除の手をたっぷり一時間ほど休ませたけれど、
夏を迎えるにふさわしく、部屋はこざっぱりと片付いた。
窓際に置いた時計を見ると、まだ3時。
「タイフェスに間に合うかも」とこころの声はささやいたが、
ほんの少し悩んだ挙句、わたしはそれを無視することに決めた。
朝、起きたときは、「タイフェスへ行こう」と思っていたのだ。
タイフェスで、久しぶりにタイ料理を食べてビアチャンを飲み、
食材を山のように買い込んで来ようと思ったのだ。
だけど、いつものようにトースターへパンを放り込み、
コーヒーを淹れるためにやかんをコンロの上へセットしたら、
急に行く気が失せてきた。
やっぱり、わたしは行くべきではないと思った。
行ったら最後、切なさで押しつぶされるだろうと思った。
あの町、あの宿、あの川、あのひとたち。
同じにおいがプンプンと漂う場所へ出かけたら、
無意識にそれらを探すに決まっている。
いままで何十回と訪ねたタイが、これほど遠くに感じられたことはない。
大変な業を背負ってしまったものだと思いつつ、
ひとり、部屋でコーヒーを飲んだ。
バンコクの、なじみの茶屋で飲むように
コンデンスミルクを入れようかと思ったが、
あいにく家には買い置きがない。
熱い、熱い、ブラックのコーヒーを飲みながら、
エスニック調のポップスを、延々と聴いた。