なにも、変わらない。
ベランダに出て、部屋から漏れてくる音楽を聴きながら青い東京タワーを眺めていると、メールの着信音が聴こえてきた。
部屋に入ってパソコンを見てみると、1通、メールが届いていた。
返事を書いて、ふたたびベランダに出てみたら、青い東京タワーはいつものとおり、赤と白のライトアップに変わっていた。
「もし、〜だったら」とか「あのとき、〜していれば」など、「タラレバは、人生に通用しない」と知ったのは、高校生のころ、よく聞いていたプロ野球のラジオ中継だった。
たしか、解説は豊田さんで、「まあ、『タラレバ』を言っても始まらないんですけどね」と言っていて、ああ、そうか、人生には「タラレバ」というものがあるのかと初めて知った。
わたし自身、「タラレバ」を考えることはあまりないと思っていたのだけれど、改めて考えてみたら、やっぱり2つだけ「タラレバ」があった。
ひとつは、今後、なんとかなる可能性を秘めていて、もうひとつは、もうどうしようもないことだ。
だからといって、「タラレバ」の呪縛に苦しんでいるということもなく、時折、ふと思い出す程度で済んでいる。
夜、ベランダで東京タワーを眺めているときとか、寝る前に、ふとんに入って眼を閉じた瞬間とか。
「あのとき〜だったら」と突き詰めて考えて、こんな選択肢もあった、あんな選択肢もあったといろいろな人生のパターンを想像し、「ほらね、やっぱり今の人生のほうでよかったのよ」と思えるまでには、まだ時間がかかりそうだ。
ひとつの「タラレバ」はなんとかなるかもしれないけれど、もうひとつの「タラレバ」は、たぶん死ぬまで叶いそうもない。
だけど、だからといって今の人生に丸ごとダメだしするわけではなくて、あれはあれ、これはこれ、結局、どちらにも良い面と悪い面があるのよって、今はそこまで考えられるので、よしとする。
いくつもの分かれ道があった。そこで、わたしはひとつを選んでいくつかを手放した。その積み重ねで今があるのだから、「タラレバ」なんて当たり前の話なのだ。ただ、それだけのこと。
青い東京タワーは、まるで宇宙への信号みたいに異次元な光を放っていた。
それが、いつもの赤と白のライトアップに戻ったとき、あの、冷めたブルーは夢だったのかと思ったけれど、どちらの灯りも現実で、たぶん、わたしはどちらが好きだと聞かれても、どちらも好きだと答えるだろう。
写真は、ジャイサルメールの裏道。
この町を離れる日の前日、最後に撮った写真。
また、あの町へ帰りたいけれど、帰るのが怖い気もする。