アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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打克つ
熱といっしょに、消えたもの。
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わたしに、アシュタンガヨガのおもしろさを教えてくれた
インド人のおじいちゃん先生から、
さっき、久しぶりにメールが届いた。
その先生は、わたしをいつも「ヒロカ」と呼ぶ。
日本からインドへ飛び、
ひょっこりオンボロのスタジオへ顔を出すと、
「ヒロカ!」と、細い腕で力強くハグをしてくれる。
そして必ず、「ヒロカ! ピッツァ!」と、
ピザを食べに誘ってくれるのだ。
なぜか先生は、わたしはピザが大好きと思っているらしい。

その先生はとても厳しく、
年齢に似合わずハードなレッスンをする。
わたしは長い間、カムアップが出来なかった。
もともと体は柔らかいし、筋力もあるほうなので、
大抵のアーサナは苦労しないのだけれど、
以前、椎間板ヘルニアを患ったことがあるためか、
カムアップだけは、どうしても恐怖心が消えなかった。
先生のところでレッスンを受けるたび、
「ヒロカ、きみは日本でいったい何を練習してきたんだ」と怒られた。

たしか、3年前の春だ。
インドにいるとき、わたしは40度の熱を出した。
朝から関節の痛みと頭痛を感じ、これはまずいなと思いながら
それでも、午前中のアシュタンガにはなんとか参加したのだけど、
午後のパワーヨガのクラスまで、ちょっとひと休みしようと思いながら
気まぐれに水銀の入った体温計を買って計ってみたら
なんと、水銀はメモリのいちばん終わりの部分まで伸びていた。
これじゃ、パワーヨガのクラスは無理だと思い、
山道を30分歩いて宿へ帰り、そのまま死んだように眠った。
起きたら翌日の朝だった。

目覚めると、頭痛がきれいに消えていた。
なにも食べず、15時間くらいぶっ続けで寝たので
体が軽く、足が地面に着いていないような感じがした。
また山道を30分歩いてヨガスタジオへ行き、
アシュタンガのクラスに参加した。
いつもより、体は快適に動いたのに、
やっぱりカムアップは出来なかった。

「ヒロカ! ウオッチミー!」
先生は、わたしに大きな声で呼びかけた。
カムアップの見本をやるから、しっかり見ていろというのだ。
先生のアシスタントが、最前列に来いと手招きしている。
わたしは先生の真ん前まで進み、床に座った。
そして、先生の全身バネのような体が、
伸び上がるようにカムアップをするのを見た瞬間、
なにかが、ふっと頭のなかで跳ねた気がした。

自分のマットに戻って、カムアップをやってみた。
できた。はじめてできた。
顔を上げると、先生と目が合った。
先生はこっちを見て、
とても気難しい顔をしながら、「うむ」というように頷いた。

「ヒロカは、いつ、インドへ来るのだ」
久しぶりに届いた先生のメールには、こう書かれていた。
行きたいのはやまやまだけど、
わたしはもう少し、自分に与えられた席にいなければならない。
もしかしたら、もうインドに行くことはないかもしれない。
それでも、あの「うむ」と頷いたときの先生が懐かしくて、
「また、ピザを食べに行きたいです」と返事を書いた。
先生は「待っている」と返してくれた。
# by asian_hiro | 2014-10-15 22:41 | 日々のこと | Comments(3)
メール
わたしにとっての、大事なもの。
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ヨガを終えて、いつものドトールでアイスコーヒーを飲んでいたら、
ひさしぶりの友だちから、うれしいメールが届いていて、
いや、参っちゃうな、
読んだ瞬間、泣けてきた。
だって、絶妙なタイミングで背中を押してくれたんだもの。
世の中は、いつでもいい具合に流れていて、
ちゃんと、必要なときに必要なことばが入ってくる。
もういいわ、迷わない。
あきらめるとは、あきらかに見ることだものね。
# by asian_hiro | 2014-10-12 23:29 | 日々のこと | Comments(6)
断片
沈黙は、ゼロではない。
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「言葉のいちばんの幹は沈黙で、
言葉となって出たものは葉のようなもの。
いいも悪いもその人とは関係ない」
戦後最大の思想家、吉本隆明はそう言った。
言葉と沈黙は、相反するものではないけれど
沈黙をやぶって生まれた言葉は
沈黙の陰に隠れていた言葉の、ほんの一部に過ぎなくて、
その、沈黙の断片からすべてを理解したつもりになるのは
あまりに怖いし、もったいない。
「その人のほんとうの思いというものは
言葉にしてもしなくても、
変わらずその人の心の中にある。
沈黙の中にこそあるのだ」
ほんとうにそうだよなあ。
この上なくしあわせなときは
ただ黙って、こころがじんとするのを感じるし、
ものすごくおいしいものに出会ったときも、
ひとりでじっと、その喜びをかみしめるものね。

沈黙の陰には、星の数ほどの言葉があり、
言葉の陰には、抱え切れないほどの想いがある。
想いの陰には、忘れがたい記憶があり、
記憶の陰には、積み重ねた時間がある。

いまはもう少し、沈黙が必要みたいだ。
時が熟し、言葉の雑然としたざわめきが
きれいな音楽になるのを、静かに待とうか。
# by asian_hiro | 2014-10-12 00:46 | 日々のこと | Comments(2)
overflow
“Being deeply loved by someone gives you strength,
while loving someone deeply gives you courage.”
― Lao Tzu
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思いっきり遠くまで、
えいやっと足を伸ばしてしまいたい。
たとえば、こんなパンが並ぶ店とか。
祈りのうたが流れる、ヒマラヤのふもととか。
# by asian_hiro | 2014-10-11 20:59 | 日々のこと | Comments(3)
ブラックホール
人間、強いところがケガをする。
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体の一部が、他の部分に比べて強いと
立つにしろ、走るにしろ、
なにか動きをするとき
どうしてもそこを頼ってしまうので、
結局、傷めてしまうことがとても多い。
強いところが弱いところになるという、体の皮肉。
それはたぶん、こころでも同じこと。
いくら強いからといって、
なんでもかんでも吸い込んでしまう
ブラックホールではないんだものね。

*

ヨガのレッスンで、体の癖を修正しようとするとき、
18000回、自分で言い聞かせないと
その癖を直すことはできないと聞いた。
1日5回で約10年間。
もし、それがこころにも当てはまるなら、
10年前に考えていたことが、
いま、少しずつ修正されているのだろうか。

*

今年、何度目になるだろう、今晩も栗を煮た。
一粒ずつ、包丁で鬼皮を剥き、
3度、重層とともに火にかけてアクを抜き、2度火にかけて重層を抜く。
そして、茹で上がった栗を何度も流水にさらしながらきれいにして、
ようやく、蜜を煮含める。
なんにも余計なことが入り込む隙もないほど、
なにかに没頭して、夜をただ素通りする。
こんな夜を、今年はあと何回過ごすのだろう。
# by asian_hiro | 2014-10-05 00:03 | 日々のこと | Comments(4)
夜景
夜の闇の誘いにのって。
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取材前に、歩道橋であたまの整理。
もう、いっそのこと
えいやっと、ちがう世界へ飛び出してしまいたくなる。
# by asian_hiro | 2014-10-02 21:09 | 日々のこと | Comments(0)
文章
好きじゃなかったら、とっくにあきらめてる。
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あしたも早いから、もう寝ようと思いながら
1日、水に浸けておいた生栗を剥かなければと
深夜12時半から、栗の渋皮煮を作り始めた。
黙々と包丁で鬼皮を剥き、2度、重層を加えて茹でこぼす。
それからもう一度仕上げに茹でて、
水を足さず、きび砂糖だけで煮詰めていく。
いま、2度目の茹でこぼしが終わったところ。
たぶん、あと30分くらいで眠れるだろうか。

今年も、栗を煮る季節がやってきた。
去年はいったい何キロの栗を使ったのかわからないくらい、
何度も何度も、栗を煮た。
今年はこれで3回目。
もうすでに2キロの栗を煮たことになるけれど、
先日作った栗の渋皮煮は、栗が好きな母に半分あげた。
今回は、「日本でいちばんおいしい」(八百屋のおじさん談)という
利平栗。
ほっくりできるといいなと思う。

ひたすら、栗の鬼皮を剥く作業が大好きだ。
つぎに書く原稿のことや、あしたの取材のこと、
翌朝、食べようと思っているパンのこと、
ひとと交わした会話やメール、
たくさんのことが、ひつじ雲のように心に浮かぶ。
それらを追いかけたり、留めたりせず、
ただ、心のなかを流れていくのに任せながら、
わたしは淡々と、栗を剥く。
茹でこぼしたあとは、一粒ずつ流水できれいにすすぐ。

根気のいる作業は、昔から得意だった。
だから、文章を書くことを仕事にした。
ときには、画面をにらみつけるようにして
書いては消し、書いては消し、と繰り返しながら
机にしがみつくこともあるけれど、
粘って、粘って、
ようやく、「これ以外、絶対にありえない」という
落としどころで文章がおさまったときほど
この仕事のおもしろさを実感する瞬間はない。
だけどそろそろ、背中を向けていた事柄に、
本気で向き合わなくちゃいけないみたいだ。
もうすぐまたひとつ、年を重ねるけれど
その前に、やっぱりカタをつけなくちゃ。

たぶん、そのことは
栗を煮ながら、
バイクで走りながら、
緑道をジョギングしながら、
食パンの上でバターが溶けるのを待ちながら、
ドトールでコーヒーを飲みながら、
電車のなかで誰かの会話を聞きながら、
毎晩、眠る前に、
眠りから覚めたあとも、
たえず、考えることになる。
ときには吐きそうになるくらい、しんどい作業かもしれないけれど
でも、たぶんだいじょうぶ、
昔から、根性と粘り強さには自信がある。
だって、好きなんだもの。
中途半端にするなんて、できないんだもの。

もうすぐ、栗が煮上がる時間だ。
あとは、きび砂糖を栗に振りかけて煮詰めるだけ。
一晩放置したら、
とろりと滴る黄金色の蜜をまとい、
栗の渋皮煮がちょうどいい具合に仕上がっているだろう。
# by asian_hiro | 2014-10-01 01:35 | 日々のこと | Comments(0)
青梅
もの思う、往復120km。
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ちょっとそこらへんを、と思って家を出たのに、
走っていたら、「青梅まで40km」という看板が見えた。
青梅には、とても好きな喫茶店がある。
このまま走り、その店の窓際の席でコーヒーを飲もうかと思ったら
急に気持ちが上向いた。
結局、店の近くに駐車場が見つからなかったので、
国道沿いの
大きなマクドナルドでコーヒーを飲んで帰ってきたのだけど、
旅先など、知らない町のマクドナルドに入るのは意外と好きだ。
その町の、いつもの顔に出会えるみたいで。

途中、以前原付バイクを購入した店の前を通った。
なつかしくて、そのときのことをいろいろ思い出していたら
たまたま信号待ちで、その店の前に停車した。
店のおじさんはいなかったけれど、あのときと同じように
古ぼけたカレンダーがレジの奥に飾ってあった。

「ヒロコさんは、バイクが似合うと思う」
昔、たったひとりだけそう言ったひとがいた。
「車は似合わないし、運転も向いていないと思うけれど
バイクはとても似合うと思う」
走っているうち、唐突にそんなことばを思い出した。
どうしてその話題になったのか覚えていないし、
そのひとがいま、なにをしているのかもわからないけれど、
「ヒロコさんはインドの町を歩くとき、
とても怖い顔をしているんだよ。
だけど、インド人に話しかけられると、途端に顔がほころぶんだ。
そのギャップがすごいと思う」と言われたことは
いまでも心に残っている。

青梅に向かって走りながら、久しぶりにインドのことを考えた。
遠く離れたふるさとや、
もう何十年も会っていない旧友を思い出すような気持ちで
あの国のことを考え続けた。
いつか、あの国の赤茶けた大地を
旧式のロイヤルエンフィールドで走れたらいいと思う。
遠くにチャイ屋が見えたらひと休みして、
また次のチャイ屋を見つけたらひと休みして、って
そんな旅ができたらいいなと思う。

パンのにおいがすると思ったら、すぐ先にヤマザキのパン工場があり、
甘いにおいがすると思ったら、となりには大きな梨畑が広がっていて、
ああ、秋のにおいだと思ったら、道端では金木犀が満開だった。
青梅の直前でゆるいカーブを曲がると、
奥多摩の山並みがきれいに見えて、
その瞬間、無意識に声がもれた。
こんなに素敵な景色、たった数秒走りながら眺めるだけなんて、
あまりにもったいなくて、贅沢だ。

青梅の町を軽く一周して
そのまままた、国道を戻ることにした。
途中、わたしを颯爽と抜かしていったカワサキのW800が
先にある「すき家」へ入っていくのが見えて、
わたしはその人と、とても親しくなれそうだと思った。

環八から甲州街道へ出ると、そこは反対方向の車線で
「甲府まで100km」という看板が見えた。
どうしようかな、どこかでUターンしないと、と思っていたら
真正面の上空に、冴え冴えとした三日月が見えた。
道を間違えるのなんて、どうってことない。
だって、正しい方向に出ていたら
三日月に背を向けて走ることになっていたのだもの。
「世のなかで起こることは、すべて良いことである」って
ほんとうにそうだなと、つくづく思う。

「世のなかで起こることは、すべて良いことである」
ものごとは、すべて自分の意思で選ぶから
たとえどんな結果でも、みんな良いことなのだと思っていた。
だけどこんなふうに、突然、ギフトみたいなイベントに出くわすと
案外、自分で選ぼうが選ぶまいが、
世のなかで起こることは、
すべて良いことなのかもしれないと思えてくる。

川沿いの団地や小さな商店街を抜け、
再び環八に戻って甲州街道、そして、環七。
ようやく、家路が見えてきた。
家では昨晩、
ひさしぶりにワインをたくさん飲んで帰ってきたときの荷物が
まだソファの上に転がっていたけれど、
すぐにノートパソコンを持ち出して、
最寄り駅近くのマクドナルドへ行くことにした。
やらなければならない原稿が1本、あるのだ。
今日、2軒目のマクドナルド。
ひとりで走るのは楽しいのに、
そのあと、ひとりで家にいるととてつもなくさみしくなるのは、
いったい、どうしてなんだろうな。
# by asian_hiro | 2014-09-28 23:05 | | Comments(0)
休日
この海の、はるか底に沈むもの。
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あおぞらが、あまりに気持ちよかったので
こんな日は「海と飛行機だ!」と思い、旅にでた。
海からつづく川をわたり、
むこうに大きな飛行機が見えたとき、
「世界は、なんてすばらしいのだろう!」と
胸が飛び出すくらい、どきどきした。

今年の1月に決めた目標は、
「たいせつなものを、もっとたいせつにする」。
そういえば「たいせつ」は、
どうして「大きく切る」と書くのだろうと調べるうち、
1600年代に創られた「日葡辞書」では、
「たいせつ」は「愛」と訳されているのだと知った。

昔から、たいせつなことは半歩遅れて気づくタイプだった。
取り返しのつくことならまだしも、
ときどき、あたまを抱えるようなこともあったけれど、
人生の傷は、年月と経験と、生来の粘り強さで
いつのまにか、みんな消えた。
たぶん記憶は地層みたいな構造になっていて、
かなしみ、よろこび、たのしさ、うれしさ、いろいろな感情とともに
傷も、記憶の地層に飲み込まれていったのだと思う。

不器用で、頑固で、融通がきかなくて、
自分でもバカだなあと思うことがいっぱいで、
それでも、こんな性格はたぶんどこかで嫌いじゃなくて、
だからこそ、自分で自分を苦しくしているなと
思うこともあるのだけれど、
まあいいか、もう腹をくくるしかないよねって、
みんな、そのまま受け入れることにした。
海と、飛行機の休日に。

「たいせつなものを、もっとたいせつにする」。
たいせつなものは、いつも心のどこかで感じているから、
つい、それがそこにあることが当たり前のようになってしまい、
たいせつなはずなのに、ぞんざいな扱いになってしまったり、
後回しになってしまったり、そんな矛盾も起こるけれど、
やっぱりそれは、かけがえがないのでね、
ときには風通しのいいところへ置いて
気持ちよく、太陽の光に当ててあげないとね。
だって、たいせつなんだもの。
無くなったりひからびたり、壊れたりしたら困るんだもの。

ああ、なんだか熱くてやけどしそうな文章を書きたいなあ!
誰も読まなくていい、
自分の心を芯から震わせるくらい、濃密で熱い文章を書きたいな。
# by asian_hiro | 2014-09-16 00:17 | 日々のこと | Comments(12)
あおぞら
視線を上げれば、飛行機雲。
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「大橋トリオ」の「マチルダ」が、
なぜか最近部屋のなかでよく流れている。
そのためかな、ひさしぶりに「レオン」が観たくなった。
わたしはこの映画が大好きだ。
かっこよくて、せつなくて、
何度観ても、目にぎゅっとちからが入る。

「夏はもう終わってしまったのだな」と
多摩川から吹き上げる風と、
頭上に広がる真っ青な空を見ながら思った。
夏が終わると思えば、少しさみしい。
だけど、秋がはじまると思えば、やっぱりうれしい。
終わりも、はじまりも、すべて一本の糸でつながっていて、
そういえば、インドでは
「こんにちは」も「さようなら」もナマステだ。
たぶん、季節を見送り、迎えるのだって、
そんなに複雑な感情はいらないのだろう。

この夏にできなかったことは、
来年の夏まで、タンスのなかにしまっておく。
その代わり、この秋にやりたいことを、指折りながら考える。
浮かぶ浮かぶ、限りなく。
やりたいことを100個思い浮かべることができる人がしあわせなら、
わたしは、100でも200でも思いつく。
なんだ、夏が終わってもまだだいじょうぶみたいだ。

ちょっとのあいだ、おやすみです。
よい秋を!
# by asian_hiro | 2014-09-05 22:22 | 日々のこと | Comments(12)