アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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チューリップ
ヨガからの帰り道、曲がり角にある花屋でチューリップを買った。
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ニューヨークにいたときは、
毎週末、ユニオンスクエアのグリーンマーケットへ出かけて行って、
飽きもせず、チューリップばかり写真に撮った。
大学時代に所属していたオーケストラで
初めてステージにのったときには、
友だちが八重咲きのチューリップの花束をくれた。
オランダへ行ったときは、チューリップ畑に出かけた。
ハウステンボスでも、チューリップばかり眺めていた。
花屋の店先にチューリップが並んでいると、
つい足を止めてしまう。
毎年、春にはチューリップばかり繰り返し買う。
花びらが落ちては片付け、また、新しい花を飾る。
花屋からチューリップが消えるまで、何度も何度も花瓶にさす。

わたしが世界でいちばん好きな花。
今年も、そんな季節がやってきたんだ。
by asian_hiro | 2011-02-27 21:02 | 日々のこと | Comments(13)
ひとまず
Bye for now!
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やさしい音楽を聴きながら
春までしずかに、眠りましょう。

しばらく、おやすみです。



写真は前回、インドへ飛んだときに成田空港で撮ったもの。
整然と並んだ車が "Ready Go!" と言われるのを待っているみたいで、
旅立ちにぴったりの絵だと思い、シャッターを切った。
by asian_hiro | 2011-02-15 19:56 | 日々のこと
沐浴
日の出は、いつもこの場所から見た。
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ハリドワールの沐浴場、朝7時。
カルマと沐浴の関係について、インド人の友人に何度も尋ねたけれど、
結局、理解することはできなかった。
だけど、人生は死と再生の連続なのだと考えると、
毎日、川で身を浄めるということは
赤ん坊が産湯に浸かることと、同じなのかもしれない。
by asian_hiro | 2011-02-14 20:29 | インド旅行記
記録
ひとつの事実を伝えるために、10の文章を必要とするなら
それは伝えるべき事実ではなく、
そもそも事実でもないのかもしれない。
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二子朝市で買ったスコーンを食べながら
昨年秋に買った本を読んだ。
全3巻の小説も、あと少しでおしまいだ。
夕方から夜にかけて1本原稿を書いて
途中、中断して近所の八百屋へ買い物に行った。
それだけが、まぎれもなく今日の事実。
by asian_hiro | 2011-02-13 23:45 | 日々のこと
a pause
書かずとも、通じるなら。
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なにも悩まず、済むものを。
by asian_hiro | 2011-02-12 22:48 | 日々のこと
一時停止
しばし、立ち止まる。
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とにかく、なにも考えず
いってしまおうかと思ったのだけど、
友だちが、山から3月に下りて来るというので
ひとまず、それを待つことにする。
わたしがここで待っているということが
なにかのちからになるといい。

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by asian_hiro | 2011-02-12 20:09 | 日々のこと
last paradise
もし、それが叶うものなら。
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渋沢食堂が閉店した後のリシケシでは
いつも、あちこちの食堂を彷徨っていた。
望むと望まざるとに関わらず、
そんな、Nomadic Life が「わたし」ってことだ。
by asian_hiro | 2011-02-11 22:15 | インド旅行記
選択
『カーサ ブルータス』で、理想のキッチンのつくり方を読んだ。
どれも使い勝手の良さそうな設計で、
もし、自分がキッチンをゼロからつくるなら
真似したいアイディアはたくさんあったが、
あいにく、わたしの探していたものはほとんど載っていなかった。
いま、わたしの家には急須がない。
昨年、秋の終わり頃に急須兼ティーポットとして愛用していた
白い陶器のものを割ってしまって以来、
食器屋や雑貨屋を巡るたびチェックしているのだけど
なかなか、これというものに出会えないのだ。
『カーサ ブルータス』になにか紹介されていないかと
ページをめくってみたが、
残念なことに、やかんの行列はあったが急須はなかった。
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上の写真は北インド、ダラムサラの近くにある
ダラムコットという村の風景。
ダラムサラはダライラマが亡命政府をつくった町として有名で、
いちばん賑やかなマクロードガンジと呼ばれるエリアと
その付近の小さな村々には、大勢のチベット人が暮らしている。
しかし、マクロードガンジから約30分ほど山道を登ったところにある
このダラムコットには、チベット人の姿がほとんどない。
山の斜面に、点々と民家が軒を連ねており、
そこに暮らしているのは、純粋なインド人だ。

ダラムサラに滞在した1週間、
ほぼ毎日、わたしはゲストハウスのあるマクロードガンジから
山道を辿って、このダラムコットへ遊びに来た。
ある日、岩の上に座ってヒバリの鳴き声を聞いていると、
真下で、子どもたちの声がした。
この村のひとたちはヒンディ語ではない、独自の言葉を話すため、
わたしには、彼らの会話の内容がわからないが、
近くに雑貨屋があり、どうやらなにか買い物をしたいらしい。
ほどなくして彼らが店から出て来ると、
先頭を行く男の子は、ビスケットを握っていた。
そしてビスケットの袋を開け、全員に1枚ずつ渡した。

今では多少、事情が変わってしまったが、
たとえば、インドの商店でビスケットを買うとする。
店主は「なにが欲しい?」と聞き、「ビスケット」と答えると、
彼はインド旅行者ならきっと誰もが知っている、
お決まりの“パールG”という商品を陳列棚から出してくる。
「いや、違う種類のものが欲しいんだけど」
そう言うと、店主は別のものをこちらへ寄越す。
「いや、わたしは自分でビスケットを選びたいのだ」
するとようやく、店主は「めんどくさい客だな」という顔をしながら、
わたしを陳列棚の前へ行かせるのだ。
少し前まで、この国の多くのシーンでは
「選択」という行為がほとんどなかった。
ダラムコットのような山間の小さな村なら、今でさえこんなふうだ。
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山に360度囲まれたすり鉢状の村は
乾季の青空の下、まぶしい太陽に照らされていた。
しかし、もともとこのあたりは
インドで二番目に降水量の多い地域だ。
この美しい村が雨に煙る様子を想像するだけで、
なんだか心の奥にさざ波が立つような、落ち着かない気持ちになる。
いつかこの村が灰色の空に覆い尽くされ、
木々が雨露に打たれる様子を見てみたい。
岩に座り、
子どもたちの声とヒバリの鳴き声が混ざり合うのを聞きながら、
「この村に住む」というわたしの未来やその可能性について考えた。

わたしたちは幸い、生まれ方以外のほとんどすべてのことを
自分の手で選ぶことができる。
あるいは少なくとも「選ぶ」ということを
現実の行為として考えることができる。
しかし、目の前に選択肢が多いとなにひとつ選ぶことができず、
結局、時間ばかりが無慈悲に過ぎていってしまうのも事実だ。
その証拠に、わたしはいまだ急須ひとつ選ぶことができない。
by asian_hiro | 2011-02-11 21:12 | インド旅行記
追想
夜明け前の、まだ、空が暗い時間に吐き気と懐かしさで目が覚める。
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大学受験を数ヶ月後に控えた頃、
現代国語の先生に小論文を添削してもらった。
それまでレポートは書いたことがあっても
論文なんて、どう書けばいいのかまったくわからなかったから、
出来上がった原稿は支離滅裂で内容も散漫、
読書感想文にスーツを着せて、少しフォーマルにしたようなもので
とても読めた文章ではなかったと、今、振り返って思うのだけど、
先生から返却してもらった原稿用紙の余白には、
赤字でこんな言葉が書かれていた。
「もっと、計画的に」(「もっと」だけ、青字で強調されていた)
そして、
「あなたは、もっともっと文章が伸びるひとです。
特に、終わりの部分など将来を楽しみにさせてくれます」
どんなテーマでその小論文を書いたのか、覚えていないけれど、
たぶん、「近代化と農村」とか、そんな感じだったと思う。
わたしは、そのおじいさん先生の授業がとても好きで
当時、小林秀雄や丸谷才一などの文章を読んでいたのも
先生の影響だった。
小柄で、いつも青いスーツを着ていて、
一昔前の革命家みたいに、目尻に熱いものが漂っていた。
授業の合間に時折、「自宅に帰って夜、ひとりで日本酒を飲むのが
ひそかな楽しみなのであります」と話していたためか、
最後の授業のときには
男子生徒が何本もの一升瓶を差し入れし、
それらが教卓の上に仰々しく並んでいた。
そんな先生に、
「あなたはもっと文章が伸びるひとです」と言ってもらえたことが
それ以降、ずっとわたしの原動力になっていて、
なんとかここまで、わたしを引っ張ってくれたのだと思っている。


とんでもない吐き気とともに目覚め、
そろそろ限界だなと思った今朝、
なぜか、ふと、先生のことを懐かしく思い出した。
どうしてだろう、
その先生はとうの昔に亡くなってしまったのだけど、
先生に添削してもらった小論文は、まだ実家にあるはずだ。
とめとはらいがきれいに浮き出た先生の文字が
なんだか、今、無性に見たい。
取りに行こうか、今週末にでも。


とにかく、この憂鬱な吐き気がおさまるまで
身動きひとつせず、ふとんのなかで丸まっていたいけれど、
残念ながらそうもいかないので、
とりあえず今だけは音楽をすべて消し、暗闇のなかで目を閉じる。
最近は、右の耳で音を求め、左の耳で静寂を探していて、
こうなると、あたりに響くものはすでにオンガクではなく、
ただ、壁に吸い込まれるのを待つのみだ。


韓国の空港でお会いしたお母さん、
「いいわね、あなたにはインドという逃げ道があって」と
初対面のわたしに対し、あなたが言った言葉の意味を
昨日の夜中、わたしはようやく理解した。
「逃げ道」は崖っぷちに立って、
はじめて目の前に現れる、たったふたつの選択肢のひとつなのだ。
あっちか、それか。
だけどお母さん、あなたのお嬢さんがそうであったように、
逃げ道が用意されていると気づいた頃には
哀しいかな、もう、それを選べないことが多いみたいだ。
by asian_hiro | 2011-02-09 23:49 | 日々のこと
位置
世界中の、どこでもなく。
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「インドにいるかと思った」と
久しぶりの仕事仲間から
電話がくる。
インドにいるときは
「このほうが自然だ」と
友人からメールがくる。
わたしはいったい、彼らのなかの
どこにいるのだ。

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by asian_hiro | 2011-02-06 16:33 | 日々のこと