アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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目薬
赤い傘さす、雨の夜。
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ヨガスタジオへ向かう途中、道ばたで飲みかけのコーラを見つけた。
無性に写真が撮りたくなり、かがんでカメラを向けていたら、
頬にぽつっと雨が当たった。
そういえば、夜には雨が降るだろうと
今朝、出掛けに天気予報で聞いたことを思い出した。

そこからスタジオまでは歩いて10分くらいの距離だったから
そのまま走ってしまおうかと思ったけれど
雨脚はみるみる強くなっていく。
ちょうど、目の前にドラッグストアがあったので
赤い傘を1本買った。

今日の昼間は、レーシックの術後1ヶ月検診だった。
最近、ドライアイの症状がひどくて
少し心配していたのだけど、
幸いにも視力は1.5まで回復していたらしい。
レーシックを受けてからいちばん変わったことは
意識して目を瞑る時間が多くなったことだ。
目が乾くからしっかりと瞬きをするというよりも
見えすぎることに慣れていなくて
目を瞑っているのかもしれないが、
駅のホームで電車を待っているときも
電車のなかで音楽を聴いているときも
部屋でパソコンに向かっているときも
目を硬く閉じている時間が多くなった。

レーシックの手術以降、
乾燥防止のためにヒアルロン酸の目薬をさしている。
少し上向き加減で目薬を両目に一滴ずつ落とし、
液がたれないように、そのままぎゅっと目を閉じる。
目の表面に水分をじんわりと行き届かせながら、
こうしている限りは
もう、しばらく目を開けなくてもいいのだと思うと
なぜか、とても安らいだ気持ちになる。
by asian_hiro | 2010-11-25 23:28 | 日々のこと
雨上がり
種と実を結ぶ線。
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えーと、この間の話のつづきね。

この写真はさ、インドのジャイサルメールという町で撮ったんだ。
砂漠地帯で滅多に雨が降らないところなんだけど、
わたしが滞在していた2週間の間に、2回も大雨が降ったんだよ。
山の上にあるこの町は
岩でできた城壁に囲まれていて(そう、ちょうどこんなふうに
雨が降ると、城壁のなかに張り巡らされた迷路みたいな細い小径が
大洪水になっちゃうんだ。
初めて大雨に降られたとき、
わたしは砂漠の友とゲストハウスの屋上で話をしていたんだけど
雨がぽつっと来た瞬間、
彼はニッコリしながら "good rain" って笑ったんだよ。
まあ、そのあとに強風が吹き付けて横殴りの雨が降り、
とても、"good rain" どころじゃなくなっちゃったんだけどね。

その雨も30分ほどするときれいに上がって
埃っぽかった空気が、途端に息を吹き返したように瑞々しくなった。
わたしは城外の町がどんな様子だか見てみようと思って、
城壁の一番北側にある、砲台のところへ行ったんだ。
足がすくむのを我慢しながら、
テラスみたいに張り出した部分の一番端へ行って町を覗き込んだら
そこではもう、ひとが活動を始めていた。
たまねぎやじゃがいもが詰まった袋を頭にのせている人夫、
クラクションを激しく鳴らして走り去るリキシャ、
ラクダ使いのおじさんは、子ラクダから親ラクダまでぞろぞろ引き連れ
通りのど真ん中を歩いていた。
"good rain" は、地球にとってほんのちょっとの小休止。
チャイを2、3杯飲み終わるころ、ちょうど雨が上がって
「はい、仕事再開」ってなるんだから
ホント、世の中はうまくできてるよね。

どれだけの雨が天から降ってこようとも、
けっして、止まない雨はない。
だけど、ある瞬間に突然パタリと止むわけじゃなくて、
少しずつ雨脚が弱くなり、ハッと気づくと晴れ間が見えていたりする。
なんだ。
そんな簡単なことじゃないか、世界って。
朝が来たからといって、突然明るくなるわけじゃないし、
子どもだって、ある日いきなり大人になるわけじゃない。
生地から突然パンに焼き上がるわけでもないし、
種からいきなり花が咲くわけでもない。
哀しいこともうれしいことも
ある日突然、身にふりかかってくるわけじゃなくて、
ちゃんと、伏線が張られている。

しあわせを望むなら、しあわせの種を蒔いて水をやればいいのだし、
哀しみの芽を見つけたら、それが実をつけてしまう前に
刈り取ってしまえばいいだけだ。
何の種だかわからないものを無頓着に蒔いてしまってから
「しあわせよ、なれ」と祈っても無理な話。
もっと、意志を持って種蒔きをしないとダメなんだろうな。

いよいよ、インドまであと1週間。
今回は "good rain" に会えそうにないけれど、
その代わり "good snow" に会えるかな。
よし、決めた。
雪にも負けない、種を蒔こう。
こころのずっと奥にある、一番あったかいところに。
by asian_hiro | 2010-11-23 23:06 | 日々のこと
たとえ、目に見えるものだとしても。
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冬の間は、りんごをよく食べる。
特に、フライパンで紅玉とバターとシナモンを炒め、
温かくして食べるのが好きで、
先日もそんなふうにしようと思い、
果物を載せたかごからりんごをひとつつかんだ途端、
端にあったものが床へ滑り落ちてしまった。
落としたりんごは、すぐに使わないと悪くなる。
なのに、ついうっかり手にしたりんごを調理してしまい、
落ちたりんごはかごのなかへ戻してしまった。
あっ、あっちを使えば良かったと思い直してかごのなかを見たけれど、
あまりにぼんやりしていたせいで、
もう、どれが落ちたものだかわからない。
仕方なくそのまま放っておいたのだけど
今朝、かごのなかをのぞいたら
ひとつだけ、皮の部分が茶色くなっているものがあった。
ああ、この間、落としたりんごかと、
傷みを見て、初めてそれだと気がついた。


傷の話をもうひとつ。
わたしは昔から傷がたえない方で
走っていて転んだり、自転車に乗っていて倒れたり、
なんだか、ほぼ毎日絆創膏のお世話になっていたような感じがする。
小学生のとき、家の前の畑に張り巡らされていたバラ線で
額をざっくり切ってしまい、母をおろおろさせたこともあった。
病院へ行き、そこで塗られた消毒薬の痛かったこと!
今でもその傷跡はうっすらと残っていて
「この傷は消えないかもしれないね」と言っていた医者の言葉が
正しかったことを思い知る。


「いたみ」が、傷として見えるものなら
すぐさま気づいて、処置するものを。
しかし、いざ傷と向き合おうとしても、
傷に直接、触れなければ
傷を治すこともできない。
by asian_hiro | 2010-11-21 09:54 | 日々のこと
一日
こころの雨の、そのあとに。
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これまでの日々は
長い長い前奏だったのだと考えようとした。
だけど、やっぱりそんなのはもったいない。
これまでの日々、あしたからの日々、
なんの違いがあるものか。
踏み出そうと、立ち止まろうと、
みんな、すべて同じ一日。
by asian_hiro | 2010-11-20 02:27 | 日々のこと
夜明け前
それは、とてもしあわせなフライト。
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なんか、
なんていうか、
そうだな、たとえていうなら

目の前で少しずつ膨らんでいた風船がパーンと割れるみたいに、
ドミノがパタパタとスローモーションで倒れていくみたいに、
竜巻がむこうからやって来るのを
城のてっぺんに立って眺めているみたいに、
バッグの肩ひもがミシミシと音を立てながらちぎれるみたいに、
(本当は、そのミシミシという気配を感じていたはずなのに
まるで、突然ちぎれたかのように驚いたりして)
あともう少しと思っていたら
気づくとパンが黒こげになっていたみたいに、
急カーブを曲がりきれず
ガードレールを突き破って谷底へ真っ逆さまみたいに、
船の底に穴があき、そこから水がどんどん入ってきて
沈んじゃうよと思うまもなく、少しずつ船が傾くみたいに、

ああ、ちがうな、
こんなに哀しい発想ばかりじゃなくて
もっとこう、ドーンと明るいものもあるはずだ。
さて、どんな感じだろう、
いまは頭が働かなくて、うまく言うことができないのだけど
ある瞬間、沢山のことがいっぺんでわかってしまうときがあるとしたら
たぶん、今夜みたいなことを言うのだろう。

ものごとに、良し悪しはなく、
結局は、それをどの角度から見るかという違いだけ。
そうとはわかっていても、
ただいまは、インドが目の前で待っていてくれてよかったなと
本当に思う。

インドは、二本の長い腕を持っていて
いつも、それを前屈みの姿勢で広げている。
わたしは、その腕のあいだへすっと飛び込んでいくだけでいいのだ。
ああ、なんてしあわせなフライト!


さて、あとココアを1杯飲んだら
寝ましょうか。
あしたも、いい一日になるように。
by asian_hiro | 2010-11-18 02:15 | 日々のこと
廃墟
深夜に、インドとビートルズと。
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早速、iTunesでビートルズのアルバムをダウンロードした。
いま、そのなかの1曲を聴きながらこの文章を書いている。

ビートルズがインドへ行き、
マハリシ・マヘーシュの教えを請うため、
彼のアシュラムに入ったのは1960年代後半のこと。

わたしがそこへ出かけた2003年には
残念ながら、もうすでに廃墟となっていて
宇宙船のような不思議な形の建物が広大な敷地に点在し、
まるで時間が止まったように、静寂のなかで朽ちていた。

アシュラムの廃墟というのは、なんとも不思議な空気が流れていて
恐る恐る、独居房(といったら失礼か)みたいな建物に入ってみると
なんだか、息がつまりそうな感じで天井も低く、
とてもじゃないけど、
わたしはここで心静かに暮らすことはできそうにないと
早々に飛び出てしまった。

ふと、敷地の隅の方を見ると、
10人ほどの大家族が、木と木の間にテントを吊るして住んでいた。
もちろん、彼らは違法でその土地に暮らしていることになるのだけど、
わたしはむしろ、そのテントの中なら住んでもいいと思うくらい
あたり一帯、暖かい生活感に満ちていた。

テントの前には、石で作ったかまどがあり、
その上では、黒い鉄鍋が火にかけられていた。
火のそばでは、女たちがチャパティを作るために粉をこね、
子どもたちと数匹の犬が、廃墟と化したアシュラムの敷地内を
転んだり、跳ねたりしながら走り回っていた。

今度のインドでは、その町にもちょうど行こうと思っていたところだ。
あと2週間。
そうしたら、旅立ちだ。
by asian_hiro | 2010-11-17 02:06 | インド旅行記
しあわせの鐘を、鳴らしましょう。
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とっさに撮ったのでピンぼけだけど、
わたしは、寺のなかでこの写真を撮ったときの光景を
すべて、ありのままに思い出すことができる。
温度も、風も、においも、音も。
by asian_hiro | 2010-11-17 00:38 | インド旅行記
ことばというもの
ここらでひとつ、ひとやすみ。
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書けば、書くほど逃げていき、
思えば、思うほど遠くなる。
とかくこの世は生きづらく、
ただ、嵐が去るのを待つよりなし。

==============================

以前、あるメディテーション(瞑想)の合宿に
参加したことがありました。
それは、10日の間、朝5時から夜9時まで
ひたすら瞑想をするもので、
その間は誰とも話さず、読み書きもせず、
ただ、じっと自分と向き合う生活です。
これまでインドで1回、日本で4回、
その生活を経験したことがありますが、
初めて参加したのは、7年前、インドのジャイプルでのこと。
町から1時間ほど山奥に入ったところに、広大な施設がありました。

参加者は、合計100人ほどだったでしょうか。
宿泊するのは、簡素なバンガローのような個室で、
なかには水道とバケツと、石のベッドがあるだけです。
施設内では、男女が完璧に分けられており、
バンガローから瞑想ホールへ向かう道筋も
決して男女がすれ違うことのないよう、設計されていました。
インド人は夫婦や親子で参加する人も多かったのですが
施設内では家族といえど、男性と女性が触れ合うことはありません。
ほとんどがインド人でしたが、
わたしを含め、外国人も4人ほどいました。

10日もの間、朝から晩まで瞑想が続きます。
1日が数コマに割られていて、
そのなかには「自主練」ともいうべき自分で瞑想をする時間と、
全員でホールに集まって、瞑想をする時間がありました。
男女一人ずつ、60歳くらいのインド人が瞑想の指導にあたり、
全員で集まって瞑想をする前には、
必ず、瞑想法の教えがヒンディ語と英語で説かれました。

時期は8月、しかし山のなかですからそれほど暑くありません。
ただ、瞑想をしている間は身動きするのも許されず、
たとえ、蚊に刺されようとも動くことはできません。
もちろん、腰や足が疲れても姿勢を変えることはできません。
はじめは泣きたくなるほど辛くて辛くて、
毎晩9時に瞑想を終え、部屋に戻ってくると、
痛んだ足や腰を揉んだりさすったりしていました。

そうこうするうち、ようやく最終日を迎えました。
その頃には、ずっと座り続けることにもなんとか慣れてきて
身動きするとなぜ、瞑想によくないのかということや、
瞑想はなんのためにするのかということが
少しずつ、わかってきたような気がしました。
しかし、参加する前に期待していたような
「心が浄化された」とか「生まれ変わった」とか
そんな感動は、正直なところありませんでした。

誰とも話をしない、読み書きをしない生活は
思ったほど苦痛ではなく、
むしろ、「ここを出たら、またうるさい生活が待っているのか」と
がっかりしたほど。
なんといっても、朝には小鳥のさえずりが、夜には虫の鳴き声が、
耳に入ってくるだけの生活です。
これほど、静寂が心地良いと思ったときはありません。
しかし、今日、最後の瞑想が終わったら
もう、朝から晩まで座り続けなくてもいいのだということには、
心から安堵していました。

昼前、最後の瞑想が終わりました。
瞑想ホールを出ると、インド人がお互いに肩を抱きながら
「よくやったね」「おめでとう」「おつかれさま」と
言い合っています。
わたしは満足感と充足感を胸に、昼食をとるため広間へ入ると、
あるインド人女性がわたしの隣に座りました。
彼女は、とても美しいサリーを着ています。
朱色、桃色、黄色の花が、白い生地の上で鮮やかに咲いていて、
気づくと、わたしは声をかけていました。
「そのサリー、とてもきれい」
片言の、たどたどしいヒンディ語です。
考えてみれば、これが10日ぶりに話す初めての言葉でした。
すると、彼女はわたしの方へ向き直り、にっこりと
「タンキュ—」と言いました。
インドなまりの英語ですから、
「サンキュー」が「タンキュー」に聴こえます。
その響きを聴くのも久しぶりなら、
誰かの目を見て、
きちんと真正面から会話を交わすということも久しぶり。
「言葉ってすごい。伝わるってすごい」
そんな当たり前の事実が、熱く胸のなかに迫ってきました。

==============================

ことばというものは、
つかまえるものではなく、吐き出すものでもなく、
ただ、自然と流れ出るに任せるものなのだと思います。
そこで、わたしも少し待ってみることにしました。
決して、ことばが枯れているのではなく、
むしろ、つねにあふれている状態なのですが、
これはある意味、枯れるよりタチが悪く、
本来、見逃してはいけないものまで渦のなかに飲み込んでしまいます。
そういうときは、無理に追うのではなく、
いっそ離れるのがいいのだと、このところ、薄々感じていました。
この洪水がおさまったら
あのインド人女性に話しかけたときのようになれるかな。

というわけで、少しだけおやすみです。
インドへ出発する前には、また、お会いできるといいなと思います。
今日の夕焼けは、まぶしいくらいきれいでしたね。
by asian_hiro | 2010-11-10 23:42 | 日々のこと
ameen's ovenのスコーン
自分への言い聞かせ。
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寒さとさみしさを勘違いしちゃいけないよ。
冬だって、ひだまりがあるんだし、
寒いからこそ、ぬくもりが身にしみる。

ameen's ovenのスコーン3種。
これだって、毎年、この時期だからこそ会えるんだ。



去年のスコーン http://sdays.exblog.jp/12792888
2008年のスコーン http://sdays.exblog.jp/10154966
2008年もうひとつ http://sdays.exblog.jp/9929303
2006年のスコーン http://sdays.exblog.jp/4964123
2006年もうひとつ http://sdays.exblog.jp/4739919
2005年のスコーン http://sdays.exblog.jp/2896946
※2007 年だけ欠けているのは、わたしが1年間、NYに行っていたから。
そう考えると、毎年欠かさず会っているんだなあ。
by asian_hiro | 2010-11-09 01:01 | パンSPECIAL!! | Comments(6)
ameen's ovenのパンプキントースト
ひるがえったら、合図。
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わたしはわたしの立てた旗の下、
あしたもよき日を過ごしましょう。

ameen's ovenのパンとともに、ね。
写真は、栗かぼちゃがほっこり甘いパンプキントースト。
自然の実りをおいしさに変えるのは、愛情あふれるひとの手仕事。


去年のこのパン http://sdays.exblog.jp/12782570
2006年のこのパン http://sdays.exblog.jp/4950466
by asian_hiro | 2010-11-08 20:47 | パンSPECIAL!! | Comments(0)