アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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夕焼け
口にすれば、すべてがはかなく。
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こんなに運命の歯車が激しくまわった年はなく、
正直にいえば、悔やむことがないわけではないけれど、
いまはただ、明日の朝も晴れることを祈りながら、
感謝の念のみ、ここに残す。

これが2008年、日本で見る最後の夕焼け。
May all beings be happy.
よい年をお迎えください。
by asian_hiro | 2008-12-26 23:37 | 日々のこと | Comments(14)
ameen's ovenのビスコッティ
言葉は決して無力ではないけれど。
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大切なものほど言葉にできず、
言葉にならないものほど誰かと共有したくて、
気がつけば、いつもジレンマが溜っていく。

ameen's ovenのビスコッティ。
この香りや、歯ごたえや
一口食べるたびに身体がザワザワと喜ぶ感覚を
いったい、なんと表現すればいいのだろう!
by asian_hiro | 2008-12-26 01:19 | パンSPECIAL!! | Comments(4)
ameen's ovenのはしばみとなつめの黒パン
しわす、せわす、せわしいシワス。
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帰り道、薬局で145円の買い物をした。
クリスマスイブだし、夜遅かったし、
なんとなく心がバタバタ慌ただしかったのかもしれない。
150円払って品物だけ受け取り、
おつりをもらわずお店を飛び出ようとしたところ、
「お姉さん、おつり!」
お店のおじさんに声をかけられた。
見ると、その目が笑ってる。
「あんた、そんなに急いじゃゴエンも逃げるよ」
そんな声が聴こえた気がした。

ameen's ovenのはしばみとなつめの黒パン。
こっくり甘いなつめと歯触りのいいはしばみに、
「今日も1日、がんばってこい!」と
背中をドンと押してもらう。

2年前のこのパン:http://sdays.exblog.jp/5205853
3年前のこのパン:http://sdays.exblog.jp/3183525
by asian_hiro | 2008-12-24 23:26 | パンSPECIAL!! | Comments(6)
ameen's ovenのシュトレン
今月、飛行機の搭乗回数は5回。
特に、今週は3回も乗ることになる。
昨日の晩、羽田空港に到着したのは夜9時半を過ぎていて、本当はもう少し早めの予定だったのが、羽田上空で飛行機が混雑しているとかなんとかで、出発時間が30分ほど遅れてしまったのだ。
よかった、次の日が休日で、と思いながら窓際の席で村上龍の小説を読んだ。
いつも飛行機は「窓際」をリクエストする。
しかしたいていの場合は「窓際」といいながら実は「翼の横」という席で、羽根に邪魔されて外の世界がほとんど見えない。
だけど昨日の席は幸いにも前から5列目だったので翼にかかることもなく、出発地の夜景も真っ黒な太平洋も、なにも邪魔されずに見渡せた。
村上龍の小説は、「ラブ&ポップ」。
なぜか、この人の小説が無性に読みたくなるときがある。
日曜日の午後、羽田空港へ向かうときから読み始め、ちょうど帰りの便のなかで読み終わった。
わたしの2日は、小説1冊と同じ長さだ。

帰り道、羽田空港からモノレールで浜松町へ向かった。
北海道からの到着便と重なったのだろうか、「白い恋人」や「北菓楼」の紙袋を持ち、かなり厚着をしているひとたちがたくさんいた。
もう少しで浜松町というとき、ふと左側の窓を見ると、京急かJRか、よくわからないけれど、電車が眼下を走っていた。
モノレールとVの字を描くように、向こう側へ遠ざかる。
真っ黒な直方体をいくつか連ね、一定間隔で山吹色の四角い灯りが並んでいる様子を見て、ああ、これはまるで宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」か、あるいは松本零士の「銀河鉄道999」みたいだと思った。

これが今年、わたしにとってのクリスマスツリー。
夜空に輝く灯りは、どんなときでも美しい。
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ameen's ovenのシュトレン。
惜しみなく厚切りにして、青空のクリスマスを祝う。

去年のシュトレン:http://sdays.exblog.jp/7801704
3年前のシュトレン その1:http://sdays.exblog.jp/3273184
3年前のシュトレン その2:http://sdays.exblog.jp/3208674
by asian_hiro | 2008-12-23 19:26 | パンSPECIAL!! | Comments(10)
食事
パキスタンで体調を崩し、
数日間、ほとんど食事がとれなかったとき、
「栄養をつけなきゃ」と、肉のはいったカレーを注文したが、
身体中の器官が、こぞって料理を拒絶した。
結局、歯をくいしばるようにして無理矢理平らげたけれど、
栄養のある食べものは、
栄養をつけたいときに食べるのではなく、
むしろ、栄養が全身に行き渡っていないと、
食べる気力すら起こらないのだと思った。
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だとしたら、この空間で食事をしたいと思ったのはなぜだろう。
無意識に、身体は欲しいものを知っている。
本当に必要なら、それは自然と手に入る。
わたしたちは、それを素直に享受するのみ。
by asian_hiro | 2008-12-20 22:53 | 日々のこと | Comments(8)
わたしはできると、100回つぶやく。
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真っ昼間の横断歩道を
きっと、勇ましい顔で渡っていたにちがいない。
いままで、なかなかいいアイディアがひらめかなかったのだ。
いや、「ひらめかない」のを理由に
ただ、逃げていただけかもしれない。
だけど、不意になにかが心のなかへ落ちて来て、
その瞬間、「わたしはできる」と思った。
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だめだと思っていたものが、
突然、ひっくり返る瞬間が好きだ。
世界の扉が大きく開き、そこから光がさしこむような、
そんな感覚を味わうために
生みの苦しみなんか、何度でも越えてやる。
by asian_hiro | 2008-12-19 22:35 | 日々のこと | Comments(6)
CAFE SHOZOのマドレーヌ
あと何回、満員電車に乗るのだろう、とか。
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「12月」と書かれたカレンダーを眺めて、ふと、考えた。
あと何回、喫茶店でコーヒーを飲むのだろう、
あと何回、取材でひとに会うのだろう、
あと何回、「おはよう」と挨拶を交わすのだろう、
あと何回、今日みたいな青空を見るのだろう、
あと何回、行き帰りの車内で日記を書くことができるのだろう、
紺色の日記帳、まだ半分も終わっていないのに、
そのまま2009年に持ち越しだろうか、
ああ、困る。
わたしは、書きたいことをなにひとつ書けていない。

CAFE SHOZOのマドレーヌ。
あの空間を離れてもなお、このマドレーヌには
あのカフェの、独特な時間の流れが残っている。

前回の記事:http://sdays.exblog.jp/3398804
by asian_hiro | 2008-12-18 22:49 | グルメ | Comments(0)
ameen's ovenのクロカント・クロワッサン
パンを食べ、かつての旅を思い出す。
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「すこし、アラビアのお菓子のようです」という文章を
お店のウェブサイトで読んだからだろうか。
このパンを食べるたび、
月夜に、砂漠のど真ん中で、
日干しレンガで造られた建物の影だけが闇夜に浮かび、
遠くから太鼓に合わせて歌う声が聴こえ、
焚き火だろうか、チラチラと赤いものと
空に向けてまっすぐのぼる灰色の煙が見え、
それをお城の窓から見下ろしている
まだ幼い、けれどとても凛とした
ひとりのお姫さまの様子を想像する。
ameen's ovenのクロカント・クロワッサン。
クロワッサンに、胡桃とメープルシロップのペーストが
ぐるりと巻き込まれている。
ああ、わかった。
どうしてそんな光景を思い浮かべたのか。
この甘みに似た大好きなお菓子を
エジプトのあちこちで食べたからだ。
by asian_hiro | 2008-12-17 22:04 | パンSPECIAL!! | Comments(2)
ameen's ovenのロッゲンブロート
いつでも一歩、先をゆく。
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このひとが焼くパンは
必ずしも「期待通り」「想像通り」というわけじゃない。
まるで、棒高跳びの選手が
悠々とバーを飛び越してしまうみたいに
わたしの想像など、軽く追い抜かれてしまうのだ。

ameen's ovenのロッゲンブロート。
この時期だけ登場する、冬のパン。
そういえば、去年のいまごろ、
このパンを食べるためだけに
日本へ帰りたいと思ったことがあった。
by asian_hiro | 2008-12-16 23:42 | パンSPECIAL!! | Comments(7)
雪景色に
いま、おもえばあのときが。
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定期を忘れて仕事へ行くことほど、なんともむなしいものはない。
往復1,000円ほどのお金がどうしても惜しかったわけではないけれど、こうなったら歩いて家まで帰ろうかと迷ったが、腕時計に目をやり、それから切符売り場の行列をちらりと見て少し考えた結果、おとなしく切符売り場の最後尾に並ぶことにした。
もし、それが7時だったらわたしは家まで歩いたかもしれない。
9時だったら止めたかもしれない。
8時だったら微妙だな。
7時半だったら歩いたかな。7時45分だったらどうだろう。
「家まで歩く」という選択肢と「電車に乗って帰る」という選択肢の壁がいったいどこにあるのかわからなかったし、その壁を探すことになんの意味もないことは知っていたけれど、たとえばこんなふうに、ふたつの選択肢のあいだに横たわる大きな壁のような境目を、なぜか無意識に探してしまうことがある。
そういえば昔、中国のゴビ砂漠へ出かけたとき、蟻地獄のように小山のてっぺんからさらさらと崩れていく大量の砂に足を取られつつ、45度を軽く越えていたのではないだろうかと思う真っ昼間、この砂漠が終わったあとに見えるであろうオアシスを想像して、のどをぜいぜい言わせながら遥か向こうの地平線を目指して歩いたこともあった。
旅とは物事の「境目」を探す過程なのではないかと、妙に悟ったような顔をして風景を眺めていることも多く、たとえばそう、人間や牛の死体を飲み込んで悠然と流れて行くガンジス川を眺めながら、いつかこれが大海原と融合する瞬間、つまりは川の終わりと海のはじまりをぜひ、この目で見てみたいものだと思ったこともあった。
思えば「境目」を探してしまうのはなにも旅だけではなく、ちょうど今日、駅で時計と切符売り場を見比べながら少しのあいだ立ち止まったときのように、日常の小さなひとこまにもそんな習癖の断片は見え隠れするのだけれど、今日の出会いがあしたの別れになるような旅の日々は、いわば毎日が「境目の連続」と言っても過言ではないような生活で、パスポートに出国と入国のスタンプを押してもらい、財布の小銭を新しい国の紙幣と入れ替えたりするときは、センチメンタルという曖昧で便利な単語でしか表現するすべを知らない微妙な気持ちを抱えながら、またひとつ、境目をよっこらしょと乗り越えたことを実感した。
それでも「境目」にぶつかるたびむやみやたらと物悲しさに浸ったりするのかというとそうでもなく、国家だろうと文化だろうと宗教だろうと地形だろうと、そしてときにはひとの気持ちだろうと言葉だろうと、すべてのものには終わりがあるのだということに、なぜかほうっと安堵することも多かった。
だけど、境目を挟んで対峙するふたつのものは、たとえていうならオセロがぱたぱたと一枚ずつ裏返っていくようにゆっくり時間をかけて変化していくのではなく、むしろ全部の駒がいっせいのせで裏返しになるように、ほんのわずかなリードタイムもなくある日突然ひっくり返る。これが境目の恐ろしいところで、なにもそんなに急がなくてもいいものを、さっきまで常夏のハワイで泳いでいたのが、いきなりどこでもドアをくぐらされて南極のどまんなかへ追いやられてしまったかのように、突如、ステージを変えてしまうのだ。
もっと悲しいのは気持ちがそれに付いていかずどこかに置き去りにされてしまったような、加害者のいない被害妄想を感じてしまうことで、どうにもやりきれない想いが、眼前、山のようにそそり立つ険しい境目を自力で乗り越えてくるまで肉体は新たな世界のなかでぽつぽつとひとり進むしかないのである。
こころが追いついてくるのを、肉体はただ信じて待つ。ここで言う「待つ」とは、みずからの意思であろうとなかろうと、動きを含む動作のことで、ただひとところにじっとする静止という意味ではない。迷いつつも右、左と歩を進め、時折振り返ることはあったとしても、少しずつ前へ進むという行動を伴う「待つ」なのだ。
灰色の空のした、今年、日本ではじめてみる雪が木や標識やガードレールに容赦なく降り積もっていく様子を前にしてわたしはじっと考える。わたしの肉体は境目を越えたのか、気持ちはこの冬空の遥か彼方をえんやこらと境目めざして歩いているところなのか、それはいつ境目を越えるのか、そして境目を越えるころには、肉体はいったいどこへ辿り着いているのだろうか。
いま、振り返ればあのときがというような過去の瞬間を「境目」だったのだとするならば、わたしにはこころあたりがいくつかあるが、その一つひとつを検証してみるのはどうにも非生産的なかなしい行動にしか思えなかったので、わたしはただ、窓の外の雪景色を暖かい車内からじっと眺めることにした。
by asian_hiro | 2008-12-16 00:12 |