アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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インドの夜
バンコクからカルカッタへ飛ぶとたいてい朝か昼に到着する。
でも、成田からデリーへ向かうと深夜に着くことが多い。
怪しげなインド人がうろうろし、油断も隙もない真夜中の空港だけど、夜のフライトで私がたったひとつだけ楽しみにしていることは、インドの夜景を上空から見下ろすことだ。
真っ黒な闇のなかに、ポツンポツンと灯る明かり。
あのライトの下にあるのはチャイ屋か民家か商店か。
人の姿まで見えるような気がしてくる。

上から見るとインドはまさに海だと思う。
暗くて熱い、真夜中の海。
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あちこちに立つ屋台。
人の波は深夜を過ぎても絶えることない。
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ヒヨコマメにスパイシーなソースをかけ、ベビースターみたいな麺とトマト、玉ねぎなどを散らした軽食。
1皿5~7ルピー(約13~18円)ほど。

一晩中開いているチャイ屋。
一晩中走るバス。
道端で寝る老人。
ゴミを拾い続ける子供。
インドは決して眠らない。
眠らずに絶えずパワーを貯め続け、昼間の喧騒と騒音のなかに、一気にエネルギーを放出する。
by asian_hiro | 2005-08-31 11:19 | インド旅行記 | Comments(4)
南インドの朝ごはん
一日の始まりはたっぷりの朝ごはんから。
地元のおじさんたちに混じって、屋台で同じメニューを食べる。
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↑南インドの軽食の定番、「イドゥリ」。
米粉を蒸して作るスポンジケーキみたいなもので、さらさらしたカレーの「サンバル」をかけて食べる。
一番左の白いものは「ココナッツチャトネ」、奥の味噌みたいなものが「トマトチャトネ」で、「チャトネ」とはどろりとしたソースみたいなもののこと。これも南インド料理には必要不可欠。
右の揚げ物は「ワダ(ドーナツ状)」と「バイアプラ(円状)」で、揚げたては特にサックリ。
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↑コーチンで毎朝通った屋台のご飯。
左が「ウッパム(真ん中がちょっとだけ膨らんだ蒸しパンみたいな味のするパンケーキ)」、右が「イディヤッパム(米粉を細い糸状にしてくるくると巻いたもの。カレーをかけて食べる)」。
どちらも米粉でできている。
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↑同じ店の「パラタ&エッグカレー」。
北インドにも「パラタ」はあるけれどまったくの別物で、南のパラタは中がパイ状になっていて、たっぷりの油で焼かれている。
マレーシアやシンガポールなど、印僑が多いところでも定番品。
卵の色には割ってビックリ! サーモンピンクの黄身なんて初めて見た。
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↑プッタパルティの路地裏で見つけた「ウタッパム」。
米粉でできたお好み焼きみたいなもの。
これにもココナッツチャトネをつけて食べるんだけど、この屋台は水っぽいもの(画面右端)とどろりとしたもの(その隣)と、2種類のチャトネを用意していた。
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↑「ウタッパム」を焼くおばちゃん。ひっくり返すのは職人技!

北インドの朝ごはんは「パラタ(北のパラタは厚めのチャパティのような感じ。なかにジャガイモをスパイスで炒めたものなど練り込む場合もある)」や「サモサ(三角の形をしたジャガイモコロッケのようなもの)」、「パコラ(野菜の天ぷら)」がおなじみで、それらに比べると消化のいい米粉で作るメニューの多い南の方がややあっさりした感じかな。

夏の終わり、蒸し蒸しした空気が流れる今日みたいな東京の朝は、イドゥリやウタッパムみたいなあっさりしたメニューが欲しくなる。
コーチンの海辺に作られたあの屋台では、きっと今日も漁師のおじさんたちが4つのイドゥリと2つのワダを平らげて、そしてチャイを1杯飲んでから、雨季の終わった穏やかな海へ出かけているんだろうな。
by asian_hiro | 2005-08-30 11:22 | インド旅行記 | Comments(8)
サイババのパン
南インドのプッタパルティにあるサイババのアシュラム。
ここにはサイババに会えるダルシャンを行う寺院のほか、数万人が宿泊できる団地みたいな施設、北インド・南インド・ウェスタン料理食堂、図書館、音楽ホール、郵便局、電話局、銀行、そして私の愛するベーカリーまでもちゃんとある。
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「サイババ」と印が押されているわけでも、あの見慣れたアフロへアがプリントされているわけでもない。

左から「スモールブレッド(3rs=約7.5円)、バン(1.5rs=約3.8円)、ココナッツロール(2rs=約5円)、アーナンダ(1rs=約2.5円)」。
これだけ買っても20円でお釣りがくる。
インドの物価に比してもかなり安い。

しかしこのパン、なかなかおいしいのだ。
特に私が好きだったのはバン。
これは中に砕いたドレンチェリーみたいなものが入っていて、ほんのり甘い。
この種のパンはインドでは定番で、雑貨屋の片隅でも袋に入った状態で売られていたりするが、下手すると数ヵ月前のものだったり、蟻まで一緒に食べてしまったりということもあるから、買うのには注意がいる。
でも、このアシュラムでは毎日焼き立てフレッシュ状態、釜から出したばかりのものだと水分も多く、1コで十分おなかにたまるボリューム感。

そしてもう1コ、「アーナンダ」も衝撃の味。
ターメリックで色と風味をつけたこのパン、中に薄皮のついたピーナッツとグリーンチリ(青唐辛子)の輪切りが入っている。
しかもこのチリ、容赦なく大量投入されているのでかなり辛い。
辛いもの大好きな私でさえ一瞬驚くほどの味だった。
しかし赤ん坊でさえガシガシかじっているのだからインド人ってすごい。
1辺15cmはあろうかという大きさながら1rs(約2.5円)という信じられない安さも驚き。
いまどき1rsじゃバナナ1本、アメ2コくらいしか買えないというのに、さすがサイババ。
世界中から寄付金がたんまり集まってくるだけのことはある。

ウェスタン食堂にもパンが売られていて、一見どこぞのヨーグルトライかと思うようなものもあったが、これはまったくの別物。
穀物が入っていてズッシリくるのはいいんだけど、すぐに乾燥しちゃってイマイチだった。
それより北インド食堂で出されたチャパティはふっくら厚めで、おばあちゃんの手料理といった風情が良かったな。

町中にあるベーカリーカフェでベーグルも発見。
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インドでたまにベーグルを見ることはあっても、それらはやっぱり外国人プライスで、10rs(約25円)ならまだまし、というところ。
だけどさすがプッタパルティ、このベーグルも5rs(約12.5円)とリーズナブル。
しかも「ベーグルと思わなければ」なかなかおいしい。
各国の信者たちが集まってくるからパンの種類も結構豊富だったけれど、そのどれもが「健康志向、ナチュラル志向」の彼らを意識したハードパンだった。

そして初(?)公開、外国人女性向けドミトリー。
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一番手前の汚いベッドは私のものではありません、念のため。

8人1部屋で1泊25rs(約62.5円)。
なかなか清潔だし、居心地も悪くないんだけど、それは居合わせたメンバーにもよるだろうな。
私の部屋には「主」とでも呼びたくなるような口うるさいドイツ人女がいて、蚊取り線香は焚くな、お香は焚くな、目覚まし時計は3秒で止めろ、寝るときに窓は全部閉めろ、ファンは消せ、と姑みたいな細かさだった。

サイババは正直どうでもいいけれど、プッタパルティの町自体はものすごくのどかでピースフルだったし、あのベーカリーのパンと北インド料理食堂のゴハンを食べにまた行っちゃうかもしれないな。
by asian_hiro | 2005-08-29 17:05 | インド旅行記 | Comments(9)
インドより帰国
東京は暑い、暑いと聞いていたものの、京成線から降りてみたら秋の風。
むっとした熱気がこもっていたらインドの続きみたいだなあと思っていたのに、そこにはもう姿がなかった。
インドはすっかり終わっていた。

インドを出る直前から車中2泊の夜行のせいで、ほとんど寝ていなかったのに加えて、デリーから台北への飛行機は夜中3時半の出発だったので、空港で徹夜する羽目になった。
さらに経由で立ち寄った台北では、買い物、町歩き、マッサージ、夜市と1分1秒を惜しむように歩き回り、結局宿に帰ったのは12時頃。
それから少しだけ荷物をまとめて日記を書いてから眠ったのが2時過ぎ。
今朝も4時半にはもう起きて、空港へ向かう準備をした。
ろくに眠っていないから、どこからどこまでがインドの旅で、どこまでが台湾で、どこから日本が始まったのか、全部数珠繋ぎみたいな感覚で、いまいち把握できていない。
きっと一晩明けたら見慣れた部屋の天井で、もう旅が終わったんだと知るんだろう。
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旅で撮った、記念すべき1枚目の写真はニコラのパン。
抹茶チョコのソーダブレッドをデリーでチャイと一緒に食べた。
7月16日のこの瞬間に戻りたいとちらりと考えたりもするけれど、今は2メートルの位置にある自分のベッドの上で、早くぐっすり眠りたい。

というわけで、今日の午後4時ごろ、無事に帰国しました。
旅の間、励ましのお言葉、メールなどどうもありがとうございました。
インドの旅行記は明日からちょこちょこアップする予定です。
ブログだけじゃなくて、ほったらかしのHPも更新しなくちゃな…。

*数日分の日記に対していただいたコメントにお返事を書きました。
膨大な量になっていますが、お読みいただければうれしいです。
by asian_hiro | 2005-08-28 16:27 | インド旅行記 | Comments(13)
旅の終わりに
デリーに帰ってきた。
いつもの安いネット屋が「ノーワーキング」とかで使えず、仕方ないから他の店へ行って日記を書いたら、あとは投稿ボタンを押すだけというときになってシャットダウン…。
「ソーリーソーリー」なんて笑顔で言うから、腹が立ってそのまま席を蹴り立ち外へ。
もういいかー、日本で書くかーと思ったけれど、この「インド・リアルタイム」が尻切れトンボになるのがイヤで3軒目へやって来た。
残金30ルピー(約75円)。
ネット代が20ルピーで残り10ルピー(約25円)。
ギリギリだ。

プッタパルティでは彼女に会った。
それも町を去る直前の15分。
実はその前日も会っていたのだ。
だけど、アシュラムの前で警官に棒で追われている彼女とお母さんを見ていたら、とてもじゃないけど声をかけることができなかった。
彼女たちはネパールからやってきて、プッタパルティのバススタンドで暮らす難民なのだ。

1ヵ月前、ほんの数十分会っただけなのに、彼女は私のことを覚えていた。
最後、抱っこして振り回すようにして一緒に遊んだ。
前回は私のバスが出るとき、「チョロ!(行っちゃえ!)」と叫んだまま、顔を見せてくれることはなかったのに、今回は「バイバイ!」と手を振りながら、バスの行く方向へ先回りして見送ってくれた。
もうたぶん会うことはない。
たとえこのバススタンドで会ったとしても、それは彼女たちが難民の生活を続けているということを意味するから、やっぱりそれも悲しいことだ。
きっと今日もまた、雨季が終わって肌寒くなった夜をお母さんと一緒にティンカは迎えているんだろう。

41時間の列車の旅を終え、今日デリーに着いたのが午後12時。
本当は最後にもう1回映画を見ようと思ったんだけど、それを3時間も見たら駆け足でデリーを去ることになりそうだったのでやめといた。
いつもの私なら分刻みの勝負でも、見たいものは見る、食べたいものは食べる、をモットーにしているんだけど、今回ばかりは最後だから。
最後じゃないか。とりあえずの「おしまい」だから。
ああ、日が暮れるな、夜になるな、というゆったりした気持ちでラストの日を過ごしたかった。

あと数時間。
インドが終わる。
とにかく1ヵ月半前と違うのは、初対面の人から「見事に日焼けしてますね!」と驚かれるほど黒くなったことと、スパイス3キロ、バスマティライス1キロ、茶葉500gなどで荷物があっという間に膨れたこと。
帰りに寄る台北では茶梅も数キロ買う予定なんだけどな、ちゃんと持って帰れるのかな…。

さて。
いつもの宿に帰ってパッキングでもしようかな。
その前に水シャワーをざぶんと浴びよう。
蒸し暑いデリーの夜はこれからが始まりなのに、私は空港へ向かわなければならないということが悲しいけれど、またきっと帰ってくるから。
1ヵ月半前にここを旅立ち、南インドへ向かったように。
今はデリーを出発し、日本へ向かう。
そしてまた数ヵ月後には、この町へ飽きずに帰ってくるだろう。

「インド・リアルタイム」もおしまいです。
読んでくださった方、コメントを下さった方、どうもありがとうございました。
次の日記は東京から。
引き続きよろしくお願いします!
by asian_hiro | 2005-08-26 23:02 | インド・リアルタイム | Comments(12)
サイババの住む町・再び
よかったー、今日はエキサイトにつながった!
昨日は30分待ってもログインできず、残り寂しい懐をはたいてネットに来たというのに、無駄足&無駄金になっちゃったもんな。
そう、この殴りたくなるくらい遅いネット屋のある町はプッタパルティ。
サイババの住む町でもあり、私が旅を始めた場所でもある。

コーチンを出るときは本当に辛かった。
これほど人との別れが悲しかったのは久しぶりだ。
ココナッツ屋の兄ちゃん。
毎日通ったお菓子屋のおじさん。
ちょっと痴呆症が始まった気配の見える隣のおばあちゃん。
また会えるとはわかっていても、「今」の別れは今、辛い。

コーチンを出た夜行バスは朝方にバッテリーが故障し、2時間弱立ち往生したものの、午前9時過ぎマイソールに到着した。
その町に3泊ほどした後にバンガロールへ行き、そこからデリーへ戻ることに決めていた。
実はコーチンにいたとき、すでに列車のチケットも手配してある。
しかし、コーチンを出る直前から密かにずっと悩んでいた。
もう一度プッタパルティに帰ろうか。
サイババに会いたいとか、握手がしたいとか、アフロヘアに触りたいとかそんなわけじゃない。
どうしても会いたい人がこの町にはいるのだ。
その人-その小さい彼女がまだここにいるかわからない。
もしかしたらわざわざ出向いたところで、もう会えないかもしれない。
だけど、「会いたい」「会いたかった」「行けば良かった」と後悔するくらいなら訪ねた方がいいと思った。
列車のチケットは少しだけ無駄になるし、ずいぶん遠回りになってしまう。
だけど気がついたら昨日の早朝5時に起き、バンガロールを経由してプッタパルティを目指していた。
1ヵ月ぶりのプッタパルティの町は、相変わらずディズニーランドみたいな色使いのこぎれいな町。
そしてネットのスピードが果てしなく遅いのも相変わらず。

明日の夜行でバンガロールからデリーへ向かう。
彼女と会うとしたら今日1日しかない。
このネット屋を出たら探しに行ってみようと思う。

残金、日本円にして1,500円あまり。
列車のチケットは持っているとはいえ、最後の最後でちょっとリッチなカレーでも食べに行こうと思ったのに、今回もまた極貧のうちに終わることになりそうだ…。
次のネットはデリーにて。
旅の終わる直前にラストの「インド・リアルタイム」を書きます。
by asian_hiro | 2005-08-23 15:20 | インド・リアルタイム | Comments(9)
ココナッツに陶酔の日々
快適なコーチンでの日々も早5日。
このままここに居座ってしまいたくなるくらい、絶好調な日々を過ごしている。

以前の日記にも書いた大好きなミックスフルーツジュースは、マドライを最後にすっかりと見なくなった。
そんな私のさびしい心を埋めてくれたのはココナッツ。
東南アジアや南アジアでは一般的で、固い殻を鉈でかち割ってストローでなかに溜まった水分を飲むのだ。
でも、私が楽しみにしているのはこのジュースではなく、ジュースの入った空洞の周りについた果肉。
熟れたものは果肉がとけてゼリーのようになっていて、それはそれでツルリと喉ごしも良くおいしいんだけど、その一歩手前の状態が私の好み。
「シャリ」と「コリ」と「シコ」を足して割ったような歯触りが何ともいえないのだ。
見た目ではどれが中の果肉が分厚く、私好みの堅さにとどまっているか、いまいちハッキリしないので、すいかみたいにポンポンと手でたたきながら、音の反響具合で判断している。
インド人は固い果肉よりゼリーっぽいものを好むので、ココナッツ売りのおじちゃんたちが「これ、おいしいよ」と薦めてくれるものはたいていダメ。
中が固いのがいいの!と英語で必死に説明するが、おじちゃんたちは英語ができないので伝わらない。
ジュースを一気飲みしたはいいが、ナタで殻をかち割ってみたら果肉がすっかりゼリーになっていた、という悔しい目に今まで何度あったか知れない。

アレッピーでは私の大好きなココナッツ屋があった。
そこはどのココナッツを選んでも、すべて私の大好きな「シャリコリシコ」の果肉がそろっていたので、日に3度ほど通ってしまったこともある。
小錦の頭よりでかいと思われるココナッツを1日3つ平らげる人間は、きっと私ひとりじゃないかと思っている。

そして今いるコーチンでも、お気に入りのココナッツ屋を見つけた。
さすが観光地、コーチンの海辺ではココナッツがほかよりも高い。
だけどコーチンの初日、その兄ちゃんの店だけは値切らせてくれたので、図々しくも一番大きな実を選んで割ってもらったら、中の果肉がほどよい熟れ加減でうまかった。
ジュースはまだいまいち青臭さが残っていたけれど、そんなことどうでもいい。
なにより、その兄ちゃんの手際のよさに驚いた。
これまでのココナッツ屋はほとんどがおじさん、またはおじいさんで、年寄りになればなるほど「おじいちゃん、無理しないで私が割るから」といいたくなるような不安な手つきで鉈を振るう。
だから、ココナッツ屋で若い(しかもなかなか2枚目)の兄ちゃんを見つけたときはビックリしたし、鉈を使う手つきの良さにも驚いた。
さらにうれしいことに英語が通じるので、中の果肉が固くて厚めのものも選んでもらえる。
それは割ってみなければわからないんだけど、ココナッツ屋を長年やっている彼らは外見だけでもわかるらしい。
なんて頼もしいココナッツ屋。
いつもなら日に2度も3度も行きたくなるところだけれど、なんとなく兄ちゃん目当てで通っていると思われるんじゃないかとガラにもなく控えめになったりして、夕方1個だけにとどめている。
今日もこれを書き終えたらその足で向かうつもり。
コーチンを出るまで、あと何個のココナッツが食べられるだろうな。
日本に帰ってからココナッツの果肉がない生活に耐えられるか、今から本当に心配している。
ココナッツを密輸したいけれど…あの大きさじゃムリだろうな。

コーチンはオランダとポルトガルとユダヤとインドがほどよくミックスされた不思議な町だ。
道を1本曲がればイスラムの世界も広がって、夕方にはアザーンの波も聞こえてくる。
明日はコーチンの最後の日。
潮風に吹かれながらブラブラと散歩して、アンティーク屋をのぞいたりユダヤ教会まで散歩したり、そしてまた夕方にはココナッツを食べに行こうと思う。
by asian_hiro | 2005-08-18 21:54 | インド・リアルタイム | Comments(15)
宿探しの苦労
コーチンにいる。
ここは誰もが「よかった!」と好きになる町。
6年前に来たときは乗り継ぎの都合で1泊しかできなかったので、今回はのんびりできるのを楽しみにしてやってきた。

アレッピーを出発したのは朝の7時半。
ダイレクトのバスに乗れば1時間半でコーチンには到着するが、どうしてもパブリックボートに乗りたかったので、わざわざ遠回りして湖の上をのんびり進む小さな乗合船に乗ってみた。
湖の上に点々と散らばる島。
そこに建てられた家々では人が歯磨きしていたり身体を洗っていたり洗濯していたり。
そのなかをゆっくりと進む船。
ラッシュ時の駅や渋谷の交差点や、そんなものとはまったく違うベクトルを持った時間がここにはゆったりと流れている。

船を下りてから乗ったバスが途中で故障し、次のバスに振り返られるハプニングがあったものの、1時過ぎ、コーチンに到着。
コーチンは都市部のエルナクラムという地域と古き良き時代の名残を見せるフォートコーチンと、そのほかいくつかの島に分けられる。
それらはすべてフェリーで結ばれているので、私もバススタンドから船着き場へ向かい、フォートコーチンを目指した。

しかし、ここでもまた宿がない!
何でも、アレッピーのボートレースを見てからやってきた人たちでどの宿もブッキングされているというのだ。
空いているのは相変わらずのオンボロな宿ばかり。
正直なところ、安宿に、というか、ノミ・ダニに疲れていた。
アレッピーで泊まったおじさんの宿も案の定、ノミ・ダニ・ゴキの巣窟で、泊めてもらったから文句は言えないものの、かなり寝不足で苦しんだ。
思えばこの旅、いつも宿で苦しんでいる気がするな。
私は宿選びはかなり慎重にする方だ。
予算は低い。他のバッグパッカーと比べてもかなり低い。
だから、少ない予算のなかでいかに快適な宿を確保するかが、毎回の勝負なのだ。
宿選びは体力と根性。
だけど、「フル」「ノールーム」という状態じゃどう頑張ったって太刀打ちできない!
仕方ない。
さっきのぞいて「1,000ルピーの部屋なら1つ空いているけど」と言われた超小奇麗でヒストリカルな建物のプチホテルへ泊まっちゃうか!
1,000ルピーといえば日本円で約2,600。
いつもの私の宿の予算は100ルピー以下。100ルピーであっても値切れるものはガンとして値切る。
その10倍ものホテルだ、どうしようか延々悩んだが、ホテル探しを始めてから2時間が経過した時点で体力も尽きてきた。
仕方ない、今回は特別だ!とそのホテルへ行ってみると
「すまん、埋まった」。
えー、ホントかよ~、私の身なりがみすぼらしいからってウソ言ってるんじゃないの!と思ったが為すすべもなくスゴスゴと退散する。
ああ、また今回もオンボロ宿か。
大雨のせいという黒いシミが気味悪いんだよなあと思いながら、さっき見つけた安宿を目指していたら、目の前に「●●Home Stay」の文字が。
コーチンは日本で言うペンションみたいに、普通の民家を間貸しするような感覚で泊めてくれるところがたくさんある。
しかし、たいていそういうところはいい値段がするもので、今見つけたこの宿も結構きれいな造りだったから高いだろうなとは思ったけれど、ダメモトで覗いてみた。
だが、値段を聞くとなんと200ルピーとのこと!
これはありがたい。
いつもの予算の2倍だけれど、こんなにきれいなところに泊まれるなら惜しくはない。
500円くらい払ってやろうじゃないの!
そんなわけで、結局その宿に落ち着いた私。
この部屋のうれしいところは清潔なところと窓が2面にあることはもちろん、ベッドのシーツのパイル地が、私が自宅で使っているものとそっくりだということだ。
そのせいか、昨日は久しぶりに熟睡できた。
ノミ・ダニに悩まされないってことは本当に素晴らしい!

アレッピーのボートレースは2時スタートだったけれど、その間に席取りのために11時からスタンバイし、終わったのが6時頃という長丁場になった。
途中、中だるみはしたものの、最後はドボン、ドボンと100人もの男たちが勢いよく水をかきながら真っ黒な新幹線みたいに目の前を過ぎていく様子はかっこよかった。
女性だけのレースもあり、サリーを着たおばちゃんたちが「お父ちゃんのためならえんやこら~」という感じで漕ぐのも微笑ましかったし。
翌朝、アレッピーを出発するときはすれ違った見知らぬおじさんたちが「ボートレースは楽しかった?」と口々に声をかけてくれた。
「うん、とっても!」と答えながら手を振る私。
またいつか機会があったら見に来たいな。
ただし、いい宿をきちんと予約してからだけど。
by asian_hiro | 2005-08-15 21:09 | インド・リアルタイム | Comments(4)
椰子の木と白浜
アレッピーの町から3kmも歩けば、そこには白浜がある。
さっき、一番暑い真昼間にてくてくと歩いて行った。
町の南北には数メートル幅の水路が流れていて、それを結ぶようにいくつかの水脈もある。
そしてそれらをつなぐ鉄や木の掛け橋。
背の高い木が連なった水路の脇を歩いていたら、なんとなく赤毛のアンを思い出した。

南インドには「Indian Coffee House」というチェーン店がある。
チャイ3ルピー、コーヒー4ルピーと、屋台と変わらない値段ながら、どの店も広々としたつくりが気持ちよくて、見かけるたびに私はいつも立ち寄ってしまう。
ここのコーヒーは甘いミルクコーヒーだけど結構おいしい。
そして、それよりおいしいのがレモンウォーター。
単なるレモン水だけど、冷たいものといえばほとんど炭酸か水しかないインドにとってはありがたい飲み物だ。
その「ICH」を海辺で発見したので、今日も早速入ってみた。
窓なんてない、ただの大広間みたいなスペースで、太陽が差し込む方角にはいくつかのすだれがつるされている。
海から絶えず入り込む涼しい潮風。
そのなかで今日も冷たい1杯をのんびりといただいた。

椰子の木も白浜も、東京での生活とはまったくかけ離れた存在にあるのに、ここではあまりに近すぎて、もう見飽きたなあとさえ感じられる。
気持ちいい潮風さえべたつきが気になって、カラカラに乾燥した砂漠へ行きたいと思ってしまう。
ものすごく贅沢。

よくいえばアムステルダムやベニスみたいな水路の町、アレッピー。
昨日の宿は案の定ゴキの巣窟だったので早々に逃げ出し、どのホテルでも明日のボートレースを控えて空室なしと断られていたところ、なんとか見知らぬインド人のおじさんの家に泊めてもらうことに落ち着いた。
旅もあと約2週間。
東京ではなじみがない分、もう少し水辺の生活を楽しむために、これから水路に沿って畑の1本道を散歩してこようと思う。
その先にはきっと真っ赤な夕日が沈むだろうな。
by asian_hiro | 2005-08-12 18:53 | インド・リアルタイム | Comments(4)
バックウォーターのオンボロ宿
今日の午後、アレッピーに到着した。
このあたりは川や湖とともに生活する人が多く住んでいて、いわゆる「バックウォーター」といわれるエリアだ。
ここに来るまでの電車のなかからも椰子の木や細い水路、その上を行く細いボートなど、いかにも南国チックな景色が楽しめた。
しかし、アレッピーの駅に着いてからが大変で、宿がなかなか見つからない!
実はあさっての13日に「ネルーカップ」というボートレースがあるため、ホテルがほとんどブッキングされているのだ。
こんなこともあろうかとわざわざ2日前にやって来たというのに、まさかここまで埋まっているとは。
ちょっといい宿はすべてフル。
残るはオンボロの宿ばかり。
結局、オンボロ宿に3連泊という、もっとも恐れていた結果になってしまった。
ああ、あの真っ暗で電気のない浴室にゴキなどが出ませんように!

カニャークマリを出たあと、結局トリバンドラムに2泊してからバルカラという町へ向かった。
ここは海にせり出す崖の上に作られた町で、足を踏み外したら数十メートル下の海にまっさかさまというところだ。
私の好きなローカル食堂もチャイ屋もなく、あるのはみやげ物屋とツーリストレストランばかりで、正直言えばあまり好きな場所ではなかったから2泊で出てきてしまったけれど、潮騒の音を聞きながら眠るのだけは気持ちよかった。
昨日の夜、部屋の外で本を読んでいたらいきなりバチっと停電した。
目の前にそびえていた椰子の木林が覆い被さってくるようで、なんとなく怖い。
でも、上を見れば細い細い三日月。
遠くから潮騒に混じって聞こえるモスクからのアザーン。
ここがインドなのかイスラムなのか海辺なのか林なのか、自分の位置があっという間にわからなくなった。
マハーバリプラム以後、久しぶりにスコールも体験した。
この世に「雨」という天気が存在したということをしばらくぶりに思い出した。
そして、アレッピーの今もスコールの真っ最中。
このネット屋に駆け込んだときよりも、ちょっとだけ激しくなったような気がするので、もう少しここで雨宿りしたら、あのオンボロ宿に帰ります。
かなり憂鬱。ゴキブリホイホイでも買って帰ろうかな…。
by asian_hiro | 2005-08-11 21:03 | インド・リアルタイム | Comments(0)