アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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カテゴリ:日々のこと( 734 )
小豆島
始発で空港へ向かう。
飛行機の向こうに、富士山が見えた。
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仕事柄か、性格か、
きっとその両方が原因なのだと思うけれど、
わたしが誰かに質問することはあっても、
誰かから尋ねられることはあまりない。
この数日間、
めずらしく真正面からいくつかの質問を問いかけられ、
とても新鮮な気持ちで、ひとつずつコンマ数秒、
全力で考えた。
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すべての用事を終え、
エンジェルロードを見に行った。
1日2回、海のなかから現れる道。
潮が満ち始めるまで、あと30分というギリギリのタイミング、
たくさんの観光客が歩いていた。
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暮れる空を眺めながら、海の水に指を浸す。
思ったよりぬるくて気持よく、しばらくかがみ込んでいた。
戻ろうと思ったら、ねこの鳴き声が聞こえたので
そっちを見ると、展望台への矢印があった。
これは、誘われているに違いないと思い、
そのまま土の階段を上り、海を見はらす丘に立った。
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旅先で出会うスーパーや商店が好きだ。
見慣れないパンの袋やお菓子の包み紙を見るのが好きだ。
そして、そこで買い物をするひとたちの
土地の言葉が大好きだ。
あったかくて、やわらかい。
そんな言葉に包まれて、その輪のなかで暮らしたい。
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帰りのフェリーは雨のなか。
「うちの妹が交通事故に遭ってね、
それで急に帰省することになったんです。
でも、あなたの笑顔を見ていたらちょっとだけ落ち着きました」
行きの機内で、CAさんにそう話していた女のひと。
フェリー乗り場で、「高松駅はどちらですか」と
わたしに尋ねてきた、お遍路姿のおじさん。
彼らは今頃、どこをどんな想いで歩いているのだろう。
そんなことを想像しながら、バスと飛行機を乗り継いだ。
by asian_hiro | 2014-12-04 17:58 | 日々のこと | Comments(4)
富山のスターバックス
なんか、いっぱい書きたいことがあったんだよなあ。
でも、東京から越後湯沢、
そこで特急はくたかに乗り換えて富山まで、
あっという間に着いちゃって
結局、なにも書けなかった。
ただ、ぼんやりと車窓を見ていた。
トンネルが多くて、暗闇が続くことも多かったのだけど。
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最近、ずっとバタバタしていて、
そういえば、去年の11月も尋常じゃない仕事量だった、
それに比べたら今年はまだラクだと思っていたけれど
やっぱり、そんなことはなかった。
ときどき、無用な言い合いもして
わたしって、いったいなにやってんだと思うこともあったけれど、
まあ、そんな11月ももうすぐ終わりだ、
あとひと山かふた山越えたら、年の瀬がやってくる。
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「タイへ飛ぶ前に会いたいね」と話していた友人に
ふと思いついてメールしたら
「実は明日、出発です」と、返事が来た。
ああ、どうしてもっと早く連絡しなかったんだろうなあ。
彼女はきっとわたしを気遣って、連絡を控えてくれたのだけど、
そんな気遣いをさせてしまったことが残念だ。
せめて、良い旅をって祈りながら北陸の空を見た。
タイの空は、きっと青空。
北陸とタイの空は続いているのに、
いったいどこに、くもりと晴れの境目はあるんだろうな。
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ガラス張りのスターバックス。
ここは、世界でいちばん美しいと言われているみたいだけど、
そんなことは置いといて、
「チャイより、こっちの方がおいしいんですよ」と、
この前、教えてもらって
初めてオーダーしたフルミルクのリーフティ。
あったかくてやさしいものが、からだのあちこちに沁みていく。
ここしばらく続いていた駆け足が、やっと、歩みを遅くした。
by asian_hiro | 2014-11-27 23:30 | 日々のこと | Comments(2)
オアシス
近すぎて、気がつかない。
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昔、中国のピチャンという小さな町から砂漠へ行った。
45度になろうかという真夏の日、砂山を登りながら、
これを越えたらどんな景色が広がっているんだろうと考えた。
オアシスか、ナツメヤシか、ひつじの群れか、
わくわくしながら山頂に立つと、
そこから見えたのは砂しかなかった。
見渡す限り、一面の砂。
次の山を越えても、やっぱり砂しかなかった。
町に戻り、宿へ向かって木陰を歩いているときにふと思った。
オアシスは、砂漠の向こうにあるんじゃない。
こっちの世界がオアシスじゃないか、と。

*

仕事は午後からだったのだけど、朝早くの新幹線で大阪へ行った。
THE CITY BAKERYで朝ご飯を食べようと思ったのだ。
夏、友だちとここに初めて来たとき以来、
なぜか、このトーストが懐かしかった。
店内には大きなテーブルがひとつ置かれていて、
前回と同じように、角の席に座って食べた。

*

パンの焼け具合は絶妙だった。
厚みもわたし好みだった。
バターとりんごジャムが付いていて、
コーヒーの味もわたしが好きなタイプだった。
そういえば、最近、丁寧にコーヒーを淹れていなかったな。
インスタントコーヒーと牛乳と水と、
適当な配合でカフェオレにしてばかりだったな。
パンを食べ終え、コーヒーを飲みながら日記を書いた。
日記帳を開くのも、ここ最近、なかったな。

*

わたしにとって日記を書くということは
日々の生活にしおりを挟むようなもの。
しおりがなくても本は読める、
でもしおりがあったらもっと読みやすいし、
同じところをウロウロしなくても済むでしょう、
日記もそんな感じなのだ。
このところ、ワサワサした気分が続いていたのは
生活に、日記というしおりを挟んでいなかったからだ。

*

思い通りにいかない案件が続いたり、
書いても書いても仕事の山が減らなかったり、
ちょっと、いろんなことが限界だなって思った。
そんなとき、いつも思い出すのは
千代の富士が引退したときの言葉、
「体力の限界。気力もなくなり……」という台詞。
あれは、かなり衝撃だった。
体力と気力の世界で勝負をしてきたひとが「限界」と口にする、
その心境を考えると、なんだかたまらなくなってしまう。

*

最近、千代の富士の言葉を不意に思い出すことも多かったのだけど、
そうかと思うと
久しぶりの友だちが仕事を手伝ってくれたり、
大学時代の親友が
“A happy belated birthday"とお祝いをしてくれたり、
よく考えたら、悪いことばかりじゃなかった。
むしろ、なにがダメだったんだっけって
記憶を手繰りたくなるくらいだった。
わたしにとってのオアシスは、
たとえば、朝に食べるこんなパンや、
マグカップへ無造作に注がれたコーヒーや、
携帯に届くメールや電話や、
日記帳に書き綴る
なにげないひと言のなかにあるのかもしれない。
by asian_hiro | 2014-11-23 21:24 | 日々のこと | Comments(10)
ひとこと
小休止を、小休止。
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「もう、ブログは止めてしまうのですか」
「もしかして、いま、インドですか」
「体調が悪いんですか」
「まさか、インドへ移住ですか」
などなど、いろいろメールをいただくのですが、
とりあえず、トウキョウで元気です。

でも、コンビニへ入ったら中島みゆきの歌が流れていて、
その瞬間、
ぎゅーっとこころから水分が搾り取られるような感じに耐えられず、
めずらしく、甘くて温かいミルクティーなど買ってしまった。
そりゃそうだ、
だって、たくさんのBig Hugがなつかしくて仕方ないのだもの!
by asian_hiro | 2014-10-30 23:18 | 日々のこと | Comments(8)
運命
やっぱり、繰り返すのかもしれない。
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朝、母のメールを受け取ってから、
ずっと、カルマとか、業とか、
そんなことばかり考えている。
「なにごとも、 繰り返さない。
絶対ではない。
確実ではない。
永遠ではない。
だから、 恐れることはない」
何度も、自分で書いているこの言葉、
最後の一文のはじまりを「だから」としたのは
いったい、なぜだったんだろう。

栗を煮る鍋をのぞき込みながら、
新しい年を迎えた。
そして、いまようやく出来上がり。
パソコンの前に戻り、
ふと、窓のそとを見上げると
半月と三日月の中間くらいの月が
暗い空に浮かんでいた。

10.18  4.36am 追記

なんだか眠れず、この時間。
こういうときに決めたことって、
大体、あとで「やっぱり、やめた!」ってなるケースが多いんだけど、
ちょっとそろそろ天井すれすれ、リミットに近いので
少し、どこかで充電か放電か、しないとね。
そんなわけで、しばらくおもいっきりお休みします。
よい秋を。そして、よい冬を。
どうしてこの落書き、
TOKYO IS OURSじゃないんだろうな。
by asian_hiro | 2014-10-18 01:47 | 日々のこと | Comments(20)
打克つ
熱といっしょに、消えたもの。
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わたしに、アシュタンガヨガのおもしろさを教えてくれた
インド人のおじいちゃん先生から、
さっき、久しぶりにメールが届いた。
その先生は、わたしをいつも「ヒロカ」と呼ぶ。
日本からインドへ飛び、
ひょっこりオンボロのスタジオへ顔を出すと、
「ヒロカ!」と、細い腕で力強くハグをしてくれる。
そして必ず、「ヒロカ! ピッツァ!」と、
ピザを食べに誘ってくれるのだ。
なぜか先生は、わたしはピザが大好きと思っているらしい。

その先生はとても厳しく、
年齢に似合わずハードなレッスンをする。
わたしは長い間、カムアップが出来なかった。
もともと体は柔らかいし、筋力もあるほうなので、
大抵のアーサナは苦労しないのだけれど、
以前、椎間板ヘルニアを患ったことがあるためか、
カムアップだけは、どうしても恐怖心が消えなかった。
先生のところでレッスンを受けるたび、
「ヒロカ、きみは日本でいったい何を練習してきたんだ」と怒られた。

たしか、3年前の春だ。
インドにいるとき、わたしは40度の熱を出した。
朝から関節の痛みと頭痛を感じ、これはまずいなと思いながら
それでも、午前中のアシュタンガにはなんとか参加したのだけど、
午後のパワーヨガのクラスまで、ちょっとひと休みしようと思いながら
気まぐれに水銀の入った体温計を買って計ってみたら
なんと、水銀はメモリのいちばん終わりの部分まで伸びていた。
これじゃ、パワーヨガのクラスは無理だと思い、
山道を30分歩いて宿へ帰り、そのまま死んだように眠った。
起きたら翌日の朝だった。

目覚めると、頭痛がきれいに消えていた。
なにも食べず、15時間くらいぶっ続けで寝たので
体が軽く、足が地面に着いていないような感じがした。
また山道を30分歩いてヨガスタジオへ行き、
アシュタンガのクラスに参加した。
いつもより、体は快適に動いたのに、
やっぱりカムアップは出来なかった。

「ヒロカ! ウオッチミー!」
先生は、わたしに大きな声で呼びかけた。
カムアップの見本をやるから、しっかり見ていろというのだ。
先生のアシスタントが、最前列に来いと手招きしている。
わたしは先生の真ん前まで進み、床に座った。
そして、先生の全身バネのような体が、
伸び上がるようにカムアップをするのを見た瞬間、
なにかが、ふっと頭のなかで跳ねた気がした。

自分のマットに戻って、カムアップをやってみた。
できた。はじめてできた。
顔を上げると、先生と目が合った。
先生はこっちを見て、
とても気難しい顔をしながら、「うむ」というように頷いた。

「ヒロカは、いつ、インドへ来るのだ」
久しぶりに届いた先生のメールには、こう書かれていた。
行きたいのはやまやまだけど、
わたしはもう少し、自分に与えられた席にいなければならない。
もしかしたら、もうインドに行くことはないかもしれない。
それでも、あの「うむ」と頷いたときの先生が懐かしくて、
「また、ピザを食べに行きたいです」と返事を書いた。
先生は「待っている」と返してくれた。
by asian_hiro | 2014-10-15 22:41 | 日々のこと | Comments(3)
メール
わたしにとっての、大事なもの。
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ヨガを終えて、いつものドトールでアイスコーヒーを飲んでいたら、
ひさしぶりの友だちから、うれしいメールが届いていて、
いや、参っちゃうな、
読んだ瞬間、泣けてきた。
だって、絶妙なタイミングで背中を押してくれたんだもの。
世の中は、いつでもいい具合に流れていて、
ちゃんと、必要なときに必要なことばが入ってくる。
もういいわ、迷わない。
あきらめるとは、あきらかに見ることだものね。
by asian_hiro | 2014-10-12 23:29 | 日々のこと | Comments(6)
断片
沈黙は、ゼロではない。
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「言葉のいちばんの幹は沈黙で、
言葉となって出たものは葉のようなもの。
いいも悪いもその人とは関係ない」
戦後最大の思想家、吉本隆明はそう言った。
言葉と沈黙は、相反するものではないけれど
沈黙をやぶって生まれた言葉は
沈黙の陰に隠れていた言葉の、ほんの一部に過ぎなくて、
その、沈黙の断片からすべてを理解したつもりになるのは
あまりに怖いし、もったいない。
「その人のほんとうの思いというものは
言葉にしてもしなくても、
変わらずその人の心の中にある。
沈黙の中にこそあるのだ」
ほんとうにそうだよなあ。
この上なくしあわせなときは
ただ黙って、こころがじんとするのを感じるし、
ものすごくおいしいものに出会ったときも、
ひとりでじっと、その喜びをかみしめるものね。

沈黙の陰には、星の数ほどの言葉があり、
言葉の陰には、抱え切れないほどの想いがある。
想いの陰には、忘れがたい記憶があり、
記憶の陰には、積み重ねた時間がある。

いまはもう少し、沈黙が必要みたいだ。
時が熟し、言葉の雑然としたざわめきが
きれいな音楽になるのを、静かに待とうか。
by asian_hiro | 2014-10-12 00:46 | 日々のこと | Comments(2)
overflow
“Being deeply loved by someone gives you strength,
while loving someone deeply gives you courage.”
― Lao Tzu
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思いっきり遠くまで、
えいやっと足を伸ばしてしまいたい。
たとえば、こんなパンが並ぶ店とか。
祈りのうたが流れる、ヒマラヤのふもととか。
by asian_hiro | 2014-10-11 20:59 | 日々のこと | Comments(3)
ブラックホール
人間、強いところがケガをする。
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体の一部が、他の部分に比べて強いと
立つにしろ、走るにしろ、
なにか動きをするとき
どうしてもそこを頼ってしまうので、
結局、傷めてしまうことがとても多い。
強いところが弱いところになるという、体の皮肉。
それはたぶん、こころでも同じこと。
いくら強いからといって、
なんでもかんでも吸い込んでしまう
ブラックホールではないんだものね。

*

ヨガのレッスンで、体の癖を修正しようとするとき、
18000回、自分で言い聞かせないと
その癖を直すことはできないと聞いた。
1日5回で約10年間。
もし、それがこころにも当てはまるなら、
10年前に考えていたことが、
いま、少しずつ修正されているのだろうか。

*

今年、何度目になるだろう、今晩も栗を煮た。
一粒ずつ、包丁で鬼皮を剥き、
3度、重層とともに火にかけてアクを抜き、2度火にかけて重層を抜く。
そして、茹で上がった栗を何度も流水にさらしながらきれいにして、
ようやく、蜜を煮含める。
なんにも余計なことが入り込む隙もないほど、
なにかに没頭して、夜をただ素通りする。
こんな夜を、今年はあと何回過ごすのだろう。
by asian_hiro | 2014-10-05 00:03 | 日々のこと | Comments(4)