ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、最後。
先日、ニューヨークから送った船便が届いた。
30キロまで詰め放題の段ボールが2箱、つまり合計60キロ。
ああ、このガムテープは駅前の99セントショップで買ったものだ、
この段ボールはタイムズスクエアの近くで買ったものだ、
これをわきの下に抱え、地下鉄のNラインで家へ帰ってきたのだ、
荷物を送ったのはアメリカを出る前日だった、
夕方、運送会社のおじさんが荷物を取りに来て、
これじゃあ口が開いちゃうからって、
自分のガムテープで補強してくれたのだ、
おじさんは軽快な大阪弁で、おしゃべりなひとだった、
荷物を送り出したあとの部屋は妙にがらんとしていて、
それがあまりにさみしくて、夕方、ヨガスタジオへ出かけたのだ、
駅へ向かいがてら、川沿いの遊歩道を歩いていたら
対岸にそびえたつ摩天楼の上に夕日が見えて、
ああ、これがほんとうに、ほんとうに、ほんとうに最後の太陽なのだ、
あしたは夜明け前にこの町を去るのだと、
そんなことを考えながら、朱色に染まるビルの連なりをじっと見た。
荷物のなかには、洋服の詰まった圧縮袋が5、6個あって、
そのファスナーを開けるたび、なつかしいにおいがした。
最後の1袋を開けるとき、
ああ、これがほんとうに、ほんとうに、ほんとうに最後なのだ、
これを開けたら、ほんとうにニューヨークが終わるのだ、
もう、家に届くものはなにもなく、
わたしとニューヨークをつなぐものは消えるのだ、
そんなことを考えながら、圧縮袋をぐいっと開けた。
その瞬間、空気が溶け出してしまうのがもったいなくて、
袋のなかに顔をぐっと押し込んだ。
肺いっぱい吸い込んだ生ぬるい空気、
それは、まぎれもなくニューヨークで1年過ごした
あの部屋のにおいだった。
いまもまだ、目の前には2箱の段ボールが並んでいる。
それを見ながら、今朝、小諸で買って来たパンを食べた。
おーがにっく屋のあんずとプルーンのパン。
ニューヨークではなぜかあまりパンを買わず、
たいてい自作のしょぼいベーグルばかり食べていたから、
こんなにジューシーなあんずやプルーンがたくさん入ったパンは
ほとんど出会わなかったけれど、
それでもわたしは、ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに
ニューヨークが好きだったみたいだ。