ときどき帰りたいと思うのは、たとえばこんな夜。
夜風に乗って、ガンジス川の向こうの寺から声が響く。
はじめはなんと言っているのかわからなかったけれど、
となりにいたインド人の友人に尋ねたら、
それは、スワーハという真言だと教えてくれた。
ひとりの僧侶がマイクを通して「スワーハ」と言い、
そのあとで大勢が地響きみたいに「スワーハ」と声を返す。
何千、何万年もの間、
ひとと神の世界を結んできた、不思議な響きを持つ言葉の波が
夜の闇をふるわせた。
インドのリシケシュで3ヶ月間過ごした「ホテルスリヤ」には、
2階にとても大きなテラスがあった。
夜、眠るまでのわずかな間、
ぽつりぽつりとあかりが灯るだけの山間の町並みを
傾いた椅子に座って眺める時間が好きだった。
「スリヤ」とは、ヒンディ語で太陽のこと。
だけど、いま振り返ってみればこの宿での思い出は、
暗闇に艶光りするガンジス川とか、
ざわざわ揺れる、生き物みたいな木立の影とか、
乳白色の天の川とか、
なにか、得体のしれない大きなものがじっと息をひそめているような、
夜の印象が、なぜか強い。