今年の7月。
ニコラで買ったソーダブレッドを持って、私はインドへ行った。
着いた翌朝、デリーにあるなじみのチャイ屋で食べていると、ひとりのお婆さんが近寄ってきた。
見るからに物乞いの風体。
「あんたは私に恵んでくれるんだろうね?」
そう言いたげな目付きで私の方へ手を伸ばす。
こういう押し売り的物乞いに施しをするのは、なんとなく心情的に進まないものがあるんだけど、この日はなぜか食べかけのソーダブレッドを半分あげた。
お婆さんは「なんだこれ?」というような表情をしながらも、手にかけていたビニール袋にしまって去った。
店を出て、通りを歩いて宿へ帰ろうと思ったら、向こうからまたお婆さんがやってきた。
私とすれ違う寸前に立ち止まり、またもや「くれるんだろうね」という表情をして手を伸ばす。
「さっき、あげたでしょう!」と言い、すたすたと去る私。
ふんというような態度で、お婆さんも歩いて行った。
彼女と毎朝すれ違ううち、その行動パターンが見えてきた。
通りを1本はずれたところにある市場を抜けて道へ入り、インド人や旅行者に施しを頼み続ける。
たまに横道をそれて市場へ戻り、あまった野菜や果物などを恵んでもらう。
毎日がその繰り返しで終わるのだ。
先日、テレビでその市場の映像を見た。
それは爆弾テロで吹き飛ばされた無残な姿で、呆然と立ちすくむインド人たちのなかにお婆さんがいないかどうか、思わず探した。
ニコラの抹茶チョコソーダブレッド。
今度訪ねるときにも持って行くから、そのときもまた半分ずつできるように、私は名前も知らないお婆さんの無事を祈りながら、あのときと同じソーダブレッドを食べる。