アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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メール
わたしにとっての、大事なもの。
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ヨガを終えて、いつものドトールでアイスコーヒーを飲んでいたら、
ひさしぶりの友だちから、うれしいメールが届いていて、
いや、参っちゃうな、
読んだ瞬間、泣けてきた。
だって、絶妙なタイミングで背中を押してくれたんだもの。
世の中は、いつでもいい具合に流れていて、
ちゃんと、必要なときに必要なことばが入ってくる。
もういいわ、迷わない。
あきらめるとは、あきらかに見ることだものね。
by asian_hiro | 2014-10-12 23:29 | 日々のこと | Comments(6)
Commented by れぇぇこ at 2014-10-13 07:43 x
それは必ず前に進みなさい。って事なんでしょうね。
最後の一行の意味は・・・諦める。と言うことは、そのことに携わらなくなるので、傍から客観的にその様子を見る・・・という事でしょうか??
Commented by asian_hiro at 2014-10-13 10:45
>れぇぇこさん
わたしのインド人の友人は、
向こうでヨガを教えているのですが、
彼がよく言うことばで、
うまくいっても感謝、
いかなくても感謝というものがあります。
あきらめるとは、まさにこんな心境かなと思います。
しがみつかない、手放したって、
やめたっていい、
それに携わらないのは無理だとしても、
自分を解放したり、許したり、
心を自由にすることで見えてくるものも
たくさんあるような気がします。
Commented at 2014-10-13 17:31 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by asian_hiro at 2014-10-13 18:50
>カギコメントさん
ヨガの話で恐縮です。

わたしはヨガのレッスンにおいて、
特にインドでレッスンを受けるときは無意識のうち、
とてもストイックになります。
自分に対してものすごく厳しくなり、
そこまでしなくてもいいんじゃないかと思うくらい。
たぶん、これがわたしの弱点であり、
アーユルヴェーダのドクターに、
「自分に対してgentleになれない人が、
他人に対してgentleになれるわけがない」と
ずばり、指摘されたほどでした。
そのドクターは、わたしがヨガをしているところを知りません。
会話の様子と、脈と、舌の色と、手のひらの色と表情などから
判断したのです。

自分にgentleになれない人が、
他人に対してgentleになれるわけがない。
これはそれ以来、わたしのなかでずっと課題になっています。
ストイックでがんばることは、
たぶん悪いことではないのだと思うのです。
でも、「なんのためにストイックなの?」という目的がない限り、
それはただ、自分を虐めているに変わりありません。
(つづく)
Commented by asian_hiro at 2014-10-13 18:54
あるとき、隣でヨガをしていた外国人女性が
レッスンを終えたとき、「good energyをありがとう」と
わたしに言ってくれました。
自分自身に集中していた2時間、
それはわたしにとって、100%、
自分のための時間でしかなかったのに
そんなふうに言ってくれる人がいるということが
とてもうれしかったのです。

あきらめるということ、わたしはとても苦手です。
生来のあきらめの悪さと、粘り強さと、しぶとさが
たぶん、顔を出してしまうのだと思います。
でもインドで、ある日本人のお坊さんと話したときに
「あきらめることは、あきらかに見るということ。
人生では、あきらめることも大事なのですよ」と言われ、
「あきらめる」ということのとらえ方が
変わったような感じもしています。
もう10年くらい前のことですが、あのお坊さんと話した5時間は
わたしにとって、忘れられない出来事です。
(つづく)
Commented by asian_hiro at 2014-10-13 19:04
あきらめないことは、たしかにとても大事だと思うのです。
でもそこに、強過ぎる自我や固執があれば
それは、自分や周囲を苦しめます。
強過ぎる自我や固執は、
ものごとをあきらかに見ることを妨げる邪魔ものになるからです。
わたしはこれまで何度も瞑想合宿に参加していますが
そのたびに、自分を苦しめるものは
自分が嫌いなものや苦手なものではなく、
自分が好きなものや愛しいものであることを思い知りました。
早朝から晩まで禅を組み、ただ黙って座っていると
ふっと、なにかに開放されるような感覚になることがあります。
好きなものや愛しいものにぎゅーっとしがみついていた自分が
そこから解き放たれるようなイメージです。

あきらめるとは難しいものです。
わたしが10年ほどヨガを続けているのも、
あきらめるための練習であるからだと思っています。
自分を苦しめないために、自分を受け入れるために、
自分にgentleであるために、
そして、ひとにgentleになるために、
わたしはこれからもヨガを続けたいと思っています。

なにも回答になっていないかもしれませんが、
まさにいま、わたしが考えているのはこんなことです。
また、なにかありましたら!
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