旅のおしまい、10分間のできごと。
わたしは、このお店のおじさんが
何年も、ここでジャガイモを焼いていることを知っている。
でも、おじさんはたぶんわたしのことを知らない。
道の端に座り、蒸したトウモロコシを食べながら
おじさんが、鉄板の上でジャガイモを焼く姿をずっと見ていた。
わたしとおじさんの間を、
ひとと、牛と、リキシャと、バイクが通り過ぎる。
おじさんは、黙々とジャガイモを焼き、
わたしは、ひたすらトウモロコシを食べる。
わたしの目の前で、ひとりのおじさんが立ち止まった。
「きみ、知ってるよ。ダラムサラにいたでしょう」
見ると、いつもダラムサラのメインストリートで
刺繍を売っていたインド人のおじさんだった。
わたしも彼のことは知っている。
確かにわたしは今朝、
ダラムサラからデリーへ夜行バスで下りてきたところで
「今日、デリーに着いたんだよ」と答えると、
「また、ダラムサラにいたんだ。
きみのことはもうあの町で何度も見てる」
そういえば、今回はおじさんをあの町で見なかったな、
おじさんは、ずっとデリーにいたんだな、
そう思いながら、
「今晩、日本に帰るんだ」と言うと、
おじさんはハッピージャーニーと手を振った。
ジャガイモ屋のおじさんは、まだ、鉄板の上で手を動かしている。
気温は40度。
鉄板の上は、きっとそれ以上だろう。
わたしはトウモロコシを食べ終えると、
荷物をまとめるためにいったん部屋へ帰り、
それから、旅の最後に旧市街を歩こうと、
オールドデリーの町へ、メトロで向かった。