本が出ることをどうしても伝えたい人がいる。
その人には3年前、ニューヨークのドミトリーで出会った。
織物を仕事にし、ギター弾きの彼氏とカナダに住んでいる私より3つ下の女の子だ。
「織物がね、どうしても好きだから、これからもずっと続けていきたいの。
絶対に絶対にやめさせられたくないの」
彼女は静かに笑って言った。
「やめさせられる」。
自分でやめるわけじゃない。夢をあきらめるわけじゃない。
だけど、人生には「好き」だけじゃやっていけないこともある。
でも彼女は戦っていた。たぶん世間やお金や家族やいろんなものと。
彼女には自分の声が聞こえている。そして素直にその気持ちに従っている。
今、私には私の声が聞こえているだろうか。
なにが欲しくて、なにがやりたくて、なにが見たくて、なにと出会いたいのか。
自分が自分と対話しなくて、いったい誰と話すのだろう。
「本が出るよ。なんとかやめさせられずに済んでいるよ」
彼女の編んだエスニック柄の織物のざらついた感触は、今でもはっきりと手のなかに残っている。
きっと彼女は今も、穏やかな笑顔で編み続けているんだろう。