アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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暗示
後悔するのは、もう、ほんとうに嫌なので。
c0001023_19361511.jpg

昨日、取材である神社へ行ったとき、
靴を脱いで、本殿に上がった瞬間、
右足の人差し指につけていたリングが切れた。
刃物でまっぷたつにしたように、見事な断面だった。

あるはずのものが、ないという不安定感。
それは、去年の5月にインドのダラムサラで買って以来、
片時も離さずつけていたリングだったので、
すかすかになってしまった人差し指がなんだかとても落ち着かなくて、
今日、早速新しいトゥリングを買ってきた。
同じデザインだけど、
たぶん、これまでのものより2mmくらい太いのだろう。
その太さに慣れず、
「そこにあるのに、ないような違和感のなさ」にはまだ遠い。

リングを買った帰り、本屋に寄った。
棚をぶらぶらと見渡していると、ある小説に目が留まった。
それは、わたしの知人が仮名で執筆しているもので、
わたしは、彼が小説を書いていることを知っていたけれど、
それを読むということについては
なぜかいままで思い至らなかったのだ。
しかし、目に留まった今となってはどうしても読んでみたくなり、
その小説を手に取り、計6冊、購入した。
そして、ついさきほどからそれを読み始めている。
真面目な顔、笑っている顔、考え込んでいる顔、
彼のいろいろな表情が、あたまのなかに浮かんでは消える。

最近、立て続けに不思議な夢を見る。
亡くなった父と祖母が夢に出てきて、
眠っているわたしを起こし、あることについて注意を促すのだ。
見落としちゃいけないよ、
気づかなくちゃいけないよ、
夢に出てくる父も祖母もとても若く、
恐らく、わたしが小学生くらいのときの、彼らの姿じゃないかと思う。
もうそろそろだよ、
見逃しちゃいけないよ、
彼らは、目に深い色をたたえて言葉少なにそう語る。
わたし自身、
あとで悔やむのは、もう、ほんとうに嫌なので、
彼らのその忠告を、静かに受け止めようと思っている。

そうと決まったら、まずは家を探すところからはじめないとね。
今度も眺望のひらけた部屋がいいなあと思う。

写真は、ある喫茶店のナポリタン。
甘く、やさしく、まろやかでなつかしい。
by asian_hiro | 2012-07-26 19:42 | 日々のこと | Comments(6)
Commented by はるる at 2012-07-27 00:40 x
私も最近父の夢を見ます。亡くなったのが7月だからか、夢の中の父は恰幅が良くて亡くなる寸前の骨と皮のようでないのがうれしくて夢の中の父に何度も話しかけた。夢の中の父もやはり寡黙でした。
Commented by cafedejuju at 2012-07-27 08:22
いつもいつも心に差し込んでくる言葉に、なぜだか涙があふれてきます。
夢ではないけれど、昨日友達がうちに来て話している時「母が来るとき」と言うつもりが、「お父さんが来るとき」と言ってました。慌てて言い直す私に、「お父さんも一緒にって言ってもらって喜んでるんじゃない」と友達が。いつも”この辺りにいる”のになかなか名前を出してもらえないから~とそんな考え方にビックリでした。亡くなったこといなくなったことしか考えらなかったこの10年、もしかしたら「もういいのかな」って想いが。肉体はなくとも「そこにある、いる」と思えるようになるのかもと。それはなぜか、力が抜ける想いでもありました。
私も分岐点に立っています。後悔しないように。。。そんな時に父は偉大ですね。
Commented by asian_hiro at 2012-07-28 20:24
>はるるさん
そうなんです、なぜか、夢に出てくる亡くなったひとたちは
みんな、寡黙なんです。
どうしてなんでしょうね。
Commented by asian_hiro at 2012-07-28 20:24
>cafedejujuさん
わたしも、父が亡くなったという事実を
冷静に、口に出すことができるようになるまで
15年間くらいかかりました。
「もういいのかな」という想い、ほんとうによく理解できます。
Commented by mamakarin at 2012-07-29 11:02
「夢に出てくる亡くなった人たちは寡黙」
本当にそう思います。
父はいつもニコニコしていて笑った顔ばかり目に浮かぶのですが
時々出てくる夢の中では寡黙で、笑ってる印象がないのです。
ただじっとそこにいる、でも生前と変わらず温かい父です。

hiroさんも早くにつらい思いをされたのですね。
私は今とても父を身近に感じるし、生と死の間は
ひょいと飛び越えていける位近いのではないかと思っています。

美味しそうなナポリタン、そういえば昔父も好きだったなぁ。
Commented by asian_hiro at 2012-08-01 00:07
>mamakarinさん
わたしも同じです。
どうして、夢に出て来るひとたちは皆、寡黙で
あまり表情がないのでしょうね。
でも、その表情のなさになにか訴えられているような感じも
してしまいます。
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