アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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選択
『カーサ ブルータス』で、理想のキッチンのつくり方を読んだ。
どれも使い勝手の良さそうな設計で、
もし、自分がキッチンをゼロからつくるなら
真似したいアイディアはたくさんあったが、
あいにく、わたしの探していたものはほとんど載っていなかった。
いま、わたしの家には急須がない。
昨年、秋の終わり頃に急須兼ティーポットとして愛用していた
白い陶器のものを割ってしまって以来、
食器屋や雑貨屋を巡るたびチェックしているのだけど
なかなか、これというものに出会えないのだ。
『カーサ ブルータス』になにか紹介されていないかと
ページをめくってみたが、
残念なことに、やかんの行列はあったが急須はなかった。
c0001023_1833041.jpg

上の写真は北インド、ダラムサラの近くにある
ダラムコットという村の風景。
ダラムサラはダライラマが亡命政府をつくった町として有名で、
いちばん賑やかなマクロードガンジと呼ばれるエリアと
その付近の小さな村々には、大勢のチベット人が暮らしている。
しかし、マクロードガンジから約30分ほど山道を登ったところにある
このダラムコットには、チベット人の姿がほとんどない。
山の斜面に、点々と民家が軒を連ねており、
そこに暮らしているのは、純粋なインド人だ。

ダラムサラに滞在した1週間、
ほぼ毎日、わたしはゲストハウスのあるマクロードガンジから
山道を辿って、このダラムコットへ遊びに来た。
ある日、岩の上に座ってヒバリの鳴き声を聞いていると、
真下で、子どもたちの声がした。
この村のひとたちはヒンディ語ではない、独自の言葉を話すため、
わたしには、彼らの会話の内容がわからないが、
近くに雑貨屋があり、どうやらなにか買い物をしたいらしい。
ほどなくして彼らが店から出て来ると、
先頭を行く男の子は、ビスケットを握っていた。
そしてビスケットの袋を開け、全員に1枚ずつ渡した。

今では多少、事情が変わってしまったが、
たとえば、インドの商店でビスケットを買うとする。
店主は「なにが欲しい?」と聞き、「ビスケット」と答えると、
彼はインド旅行者ならきっと誰もが知っている、
お決まりの“パールG”という商品を陳列棚から出してくる。
「いや、違う種類のものが欲しいんだけど」
そう言うと、店主は別のものをこちらへ寄越す。
「いや、わたしは自分でビスケットを選びたいのだ」
するとようやく、店主は「めんどくさい客だな」という顔をしながら、
わたしを陳列棚の前へ行かせるのだ。
少し前まで、この国の多くのシーンでは
「選択」という行為がほとんどなかった。
ダラムコットのような山間の小さな村なら、今でさえこんなふうだ。
c0001023_1864154.jpg

山に360度囲まれたすり鉢状の村は
乾季の青空の下、まぶしい太陽に照らされていた。
しかし、もともとこのあたりは
インドで二番目に降水量の多い地域だ。
この美しい村が雨に煙る様子を想像するだけで、
なんだか心の奥にさざ波が立つような、落ち着かない気持ちになる。
いつかこの村が灰色の空に覆い尽くされ、
木々が雨露に打たれる様子を見てみたい。
岩に座り、
子どもたちの声とヒバリの鳴き声が混ざり合うのを聞きながら、
「この村に住む」というわたしの未来やその可能性について考えた。

わたしたちは幸い、生まれ方以外のほとんどすべてのことを
自分の手で選ぶことができる。
あるいは少なくとも「選ぶ」ということを
現実の行為として考えることができる。
しかし、目の前に選択肢が多いとなにひとつ選ぶことができず、
結局、時間ばかりが無慈悲に過ぎていってしまうのも事実だ。
その証拠に、わたしはいまだ急須ひとつ選ぶことができない。
by asian_hiro | 2011-02-11 21:12 | インド旅行記
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