アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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不協和音
それは、まるで天上から降り注ぐ音楽。
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マクロードガンジからロウワーダラムサラへ山道を下る途中、
左手に、一軒の小さな食堂がありました。
ドアが開け放たれていたのでなかを覗いてみると、
山側に張り出した小さなテラスで
男性が、熱心にキャベツを千切りしていました。
向かって右側には広々としたキッチンがあり、
いま、そこは誰も使っていません。
開店前なので、店内にもお客はいません。
でも、その彼はわざわざテラスに机を出して、
たったひとりで大量のキャベツを千切りしていました。
チョウメンを炒めるときに加えるのでしょうか、
出来あがった料理からは、太陽の香りが立ち上りそうです。
わたしは、「お邪魔します」といって店内に入り、
彼の写真を撮りました。

人は、心地いいと感じる場所をいつでもちゃんと知っている。
人間には、そんなちからが本能的に備わっているのでしょう。
ときに、その場所を見失うことがあっても、
遅かれ早かれ、いつかはそこへ辿り着くのだと思います。

昨日から、ふと思い出したようにある音楽を聴いています。
ストラヴィンスキーが作曲したバレエ音楽を
ピアノのソロ演奏用にアレンジしたその曲は、
リズムを取るのが困難なくらい、変拍子と転調のオンパレード。
でも、そのなかにも拍子がぴたりと落ち着いて、
すべての音が止み、つかの間の静寂が訪れる瞬間があります。
そして、次の音を待つ心地良い緊張の空白は
互いに主張し合う不協和音を絶妙な地点で解決する、
“幸福の和音”へと導かれていくのです。
そこには、不安も恐れも、闇雲な期待もありません。
ただ、凪いだ海のような静けさがあるだけです。

ひとの一生も、きっと音楽と同じなのだと思います。
どれだけ長い間、変拍子と転調が続いたとしても、
やがては、すべてをきれいに解決する和音が待ち受けているはずです。
全編通して不安定さを演出する音楽や人生というものは存在せず、
たとえ、どんなに激しい転調が立て続けに起ころうとも
それらはおしなべて来たるべき解決へ向けた伏線であり、
その不安定な不協和音がするりとほどけ、
あらゆる要素が然るべき位置へ忽ちのうちに収まる瞬間を味わうために
音楽も人生も、存在しているのだと思います。

自分にとって心地いいと思える場所を見失ってしまったときは、
ただ、じっと横になって
不協和音の不安定な音の重なりに耳を澄ませていればいいのでしょう。
たったひとつの音符が半音上がったり下がったりするだけで
和音が美しく解決することもあるのですから、
わたしたちは、ただ、
シャープやフラットなどの変化記号が波に乗ってやってくるのを
待っていればいいのです。
その瞬間の和音は、まるで天上から降り注ぐ音楽。
わたし自身、これまでの人生を思い出せば、
そんな音楽を感じたことも少なからずあったような気がします。

わたしが心地いいと思える場所、
すなわち、わたしの不協和音が静かに解決を迎える場所が
この世のどこにあるのか、ないのか、
あるいは、この世を終えたところにあるのか、そこにもないのか、
それはわたしにもわかりません。
その不協和音が解決したとき、
トランペットの華々しいファンファーレが鳴り響く大団円となるのか、
または、全身の神経を集中させなければ聞き逃してしまいそうな
ピアニッシモでささやかに終着するのか、
それも、わたしにはわかりません。
ただ今は、最終小節の終止線がどんな形で引かれようとも、
もう少しだけ耳に届く不協和音に身を預けてみようと思います。
特に、あらゆるものが寝静まり、
暗闇さえじっと息を潜めるようなこんな夜には。
by asian_hiro | 2011-01-26 03:13 | 日々のこと
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