アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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後悔
再び、台所と料理の話を。
先日、表参道駅から渋谷駅まで歩く途中、国連大学の前でファーマーズマーケットに出くわした。「ファーマーズマーケット」、たとえばそれはニューヨークでいうと、こんなのとか、こんなのとか、そうそう、ニューヨークを去る直前にもこんなふうに出かけた場所。日本はどうして、ファーマーズマーケットが盛んじゃないんだろう、もっと町のなかで野菜や果物や、それらを作ったひとたちの顔が見られればいいのにとつねづね思っていたので、こうして不意にそんな場面に出くわすのはとてもうれしい。意気込んでキャベツ丸ごと1個とトマト、いちじく、ミニリンゴを買った。

ミニリンゴは渋谷の街中を歩きながら早速かじった。いちじくは赤ワインとレモン汁で煮て、フロマージュブランを添えて食べたら結構おいしくて、もっと買ってくればよかったなあと後悔した。また、マーケットへ行ったらあるだろうか、今度は山ほど買ってこよう。トマトはモッツァレラと併せてサラダにしようと計画中。そしてキャベツは、今晩、ソーセージとにんじんと一緒に、ローリエと粟国の塩と黒胡椒だけで煮込んでみた。ぐつぐつと何十分も煮込んでいたら台所がやたらと暑くなったので退散し、いま、こうしてブログを書いているというわけだ。そろそろ味も落ち着いただろうか。

他人が、自分の成し得なかった、いや違う、自分にもチャンスは確実にあったのに、足りなかったのは勇気か、度胸か、それともあきらめか、ともあれ、そこへ踏み込むことができなかった「選択肢」を事も無げに手にしたと知ったとき、ひとはいったい何を思い、また、何を思わずにやり過ごすのだろう。私はその人とは違うのだと、私がその道を選ばなかったことをきちんと正当化すべく、あちこちから理由めいた事柄を引っ張ってくるけれど、それのどれもが免罪符になど、なりはしない。足りなかったのは、本当に勇気だろうか、度胸だろうか、いや、実際のところはそれらのいずれでもなく、単に私が「わたし」という物体を包み込むプラス3cm程度の範囲でしか、未来を想像できなかったから、私はその選択肢の奥行きを掴むことができなかったのだろう。とどのつまりは、視野の狭さと想像力の欠如。それ以外になんの理由もないのに、それでもほかの理由を探そうとしてしまう。それを選ばなくてもよかった理由。ほらね、やっぱりこの道でよかったのよと言いたいために。

そんなことを思いつつ、今晩、台所に立っていた。コンロのそばで鍋のなかを覗き込むが、そこには当然、こたえなど落ちていない。ただ、6つ切りにしたキャベツと男らしくぶつ切りにしたにんじんと、それから長いソーセージが煮えたぎるスープのなかで揺れるだけだ。
今夜は風がない。ベランダの風鈴も静かなままだ。昨晩は、うるさいくらい鳴っていたのに。
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インド、オンカレシュワルの川原にて。
彼らは日々の業を川へ流し、身を清め、
また、新しい朝を迎える準備をする。
by asian_hiro | 2009-09-28 21:30 | 日々のこと | Comments(6)
Commented by pink at 2009-09-28 21:45 x
彼女はキラキラしてました。
いとも簡単に、その世界へ飛び込んで、しかも、あっさりと辞めてきたのに。

私が今から始めるには年を取り過ぎてるだとか、資金繰りに無理がとか、中退してるから単位がとか、たいそうな言い訳をつけてチラチラとキープしてた選択肢。

hiroさん、世の中ってもしかして、思ってるよりもっとずっとシンプルなものなのかなぁ。
Commented by fuga73 at 2009-09-28 23:41
こんばんわ。
グツグツ煮込む鍋の中。
私も覗きたい衝動に駆られました。

coyoteのインド特集のとあるページに
「選択肢がないから迷いがない」
という事がリリーさんの言葉で記されていました。

インドの朝陽はなぜ、あんなにエナジーを感じるのでしょう。
そして朝霧の湿った空気に、新しい一日を感じるのでした。
Commented by asian_hiro at 2009-09-29 19:07
>pinkさん
世の中は、ずいぶんシンプルにできているんだと思います。
それなのに、どうして自分自身で
あたまのなかをぐるぐるに複雑回転させてしまうんでしょうね。
さて、これから夜のヨガへ行ってきます。
Commented by asian_hiro at 2009-09-29 19:08
>fuga73さん
選択肢がないから迷いがない、よくわかります。
それでも、自分に与えられたたったひとつの道のなかで
インド人は、最大限、しあわせになろうとしているのが
見えるから、わたしはインドが好きなんだと思います。
インド人は、いつでも大きなあきらめのなかにいて、
それが、彼らを強く見せているんでしょうね。
Commented by mamakarin at 2009-09-30 21:42
こんにちは。
何度も読み返してじっくり味わうのが楽しい
hiroさんの文章なのでいつもコメントが遅れてしまいます。

そういえば勇気ある行動を起こせた時はそれ以上に
明るい未来を想像できる力が勝ってた時かも。
想像力だけではだめだけど
想像力なしには前に進めないものだなぁ
いい映画、いい音楽。
どんどん想像力を膨らませて人生の幅を広げたい
今からでも遅くないかな?
そんなことを思いました。

ファーマーズマーケット、心躍りますね!
Commented by asian_hiro at 2009-10-01 22:13
>mamakarinさん
明るい未来を想像できるのだとしたら、
たぶん、未来そのものも明るいのでしょうし、
明るい未来を想像している「今」も
きっと明るいのでしょうね。
映画、このごろ外へ観に行くことが少なくなりました。
というか、ほとんど行っていないかも。
この週末、時間を見つけてもう一度「ミリオネア」を
観ようかな!
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