アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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ameen's ovenのクグロフ
書店でコーヒーに関する本を2冊買う。それ以外、鞄のなかには読みかけの小説が1冊と、その次に読もうと思っている文庫が1冊入っている。どちらも同じ作家のもので、最近は彼の本しか読んでいない。自宅には順番待ちの本がいっぱいあって、それらのどれもが魅力的なんだけど、今はなぜかそのひとの本だけを読んでいたい。

読みたい本や新しい本が手もとにいっぱいあるという状況に、なんだか無性にそわそわして、駅前の小さな喫茶店に入って読書をすることにした。梅雨の合間の晴れ、しかも金曜日の午後、雑誌や文庫や日記帳を机の上にどさどさと広げてひとやすみするというのは、なんていう贅沢なのだろう。注文をとりにやってきたウェイトレスにアイスレモンティーを頼む。昔、喫茶店でバイトをしていたとき、アイスミルクティーは「アイミティー」だった、という話を今、ここに書こうとして、「アイスミルクティー」と打ったら「愛すミルクティー」と出てしまい、妙に恥ずかしい気持ちになる。

コーヒーに関する本は、1冊は東京近辺の渋い喫茶店ばかり集めた本で、もう1冊は京阪神の店を集めた本だ。どちらかというと、私が行きたいと思う店は京阪神の地区に多く、それでもたとえば1泊2日の行程で1日3軒、4軒と喫茶店を巡るのは私の性に合わないので、それくらいの短い旅なら「ここ」と決めた1ヶ所だけ行きたいな、と思いながら本を読んだ。「ここ」と思える喫茶店に出会えたなら、1泊2日でも3泊4日でも、そこだけ二度三度と訪ねてもいい。時間を変え、違う席に座って、ゆっくり長居してみたい。そこでコーヒーを何杯飲んだら、その店の本当の顔に出会えたと思うのだろう。

本当の顔という言葉で今、思い出したことを書くと、このごろようやくヨガに出会えたという感じがしている。インドのリシケシュという町を訪ねたとき、あれは今から6年も前の2月だったんだけど、たまたま一緒に移動を繰り返していた日本人旅行者に薦められてヨガ教室へ足を運んだのが、わたしのヨガ初体験だった。もともと身体が硬い方ではなかったし、初めてにしては上手だと先生に褒められていい気になり、それ以来、毎朝のようにヨガ教室へ通った。当時、日本では「ヨガ=あやしい宗教」みたいなイメージが強く、私もまったくいい印象を持っていなかったのだけど、やってみたら背筋が伸びて気持ちいい。なにより、朝一番のレッスンを終えて飲むチャイがとてもおいしい。「インドでヨガをやっています」と日本の友人にメールをしたら「日本でもヨガが大ブームです」と返事が来て、とても驚いたことを今でも覚えている。余談だが、そのヨガの先生は、たぶんゲイかオカマだった。先生の傍らにはいつも忠犬ハチ公みたいな男性が控えていて、部屋のすみでふたりで静かに話しながらにっこり笑っている様子はとても微笑ましかった。

今日、本を買う前にヨガへ行った。金曜日午前のクラスの先生は、このところ、私がめっきり心酔している女性で、なにがいいと説明するのはとても難しいのだけれど、とにかく彼女の声を聴きながら身体を動かしていると、身体の汚いものや濁ったものがみるみるうちに浄化されていく感じがするのだ。私の一週間は、金曜日のこのヨガのクラスを中心にまわっているといっても過言ではない。それにしても、このところ私のヨガに対する情熱は凄まじい。またいつ、こんなに自由にヨガのレッスンを受けられなくなるかわからないのだから、今のうちにたくさん吸収しておきたいという、ある意味欲張り根性が働いているのかもしれない。思えば、いつもそうだった。たとえば去年、ポラロイドのフィルムが製造中止になったときなど、少しばかり買いだめしたって仕方ないのにひとつ、またひとつと買ってしまった。そして、いまだにそのうちのいくつかは未使用のまま残っている。

私が喫茶店でアイスレモンティーを飲みながら考えていたのは、今日のヨガレッスンで先生が口にした一言についてだった。彼女は、「呼吸、ちぎれていませんか」と言ったのだ。呼吸がちぎれるなんて、私は今までそんな言葉遣いを想像したことがなかった。ちぎるのは、ちぎる動作を行う力が働いて、初めて成立するものだ。そして、呼吸をちぎるのはもちろん自分本人でしかない。「呼吸」「ちぎれる」と聞いたとき、私はなぜかつきたての柔らかい餅をちぎって遠くに投げる子どもの図を想像してしまった。ぶつり、ぶつりとちぎっては放り投げる。リズミカルなようでいて、その動きには意味がなく薄ら寒い。

私の呼吸について考えてみれば、たしかに断続的にちぎれている。恐ろしいことに、時々止まっていることさえある。つまらない話だが、小さい頃、私は何秒間息を止めることができるのかと実験したことがあった。30秒、1分と我慢して顔が赤くなってきたころ、もしかして、このまま続けたら死ぬんじゃないかと気がついてあわてて口を開けたのだけど、なんとなくその頃のほうが正しく、きちんと呼吸ができていたような感じがする。呼吸がちぎれるということは、呼吸に意識が向いていないということではなく、思考がちぎれていることの暗喩なのだと思う。そして、その思考をちぎっているのも私自身なのだ。

コーヒーの本を読みながら、1泊2日の旅なら行きたい店はどこかな、と考える。純粋にコーヒーがおいしい店なら、日本全国どこにだってあるだろう。だけど、たった1枚の写真を見て「ここ」と思える空間は滅多にない。どの写真も魅力的だし、きつね色のホットケーキや野菜たっぷりのサンドイッチには惚れ惚れする。だけど、なかなか「ここ」というところが見つからず、指は何度も何度もページをめくる。ふと、コーヒーの本から目を離して読みかけの文庫本に視線をやったとき、カバーの裏側に書かれていた解説に、「どこにも行かなくて済むっていうものを見つけなさい」という一文を見つけた。どこにも行かなくて済むもの。この世にそこだけがあればいいもの。昔、「自分に与えられた席を立つのはもういやだ」とかなんとか、そんな一文をある小説で読んだことがあるな、と思い出しながらすっかり氷の溶けたアイスティーを飲んだ。

朝、出がけに家で飲んだコーヒーはなぜか無性にまずかった。どうしてだろう、きちんとドリッパーで落としたのに、器具やカップが汚れていたのか、コーヒーの香りはまったくせず、ほかのなんの飲みものにも似ていない味がした。それでもいれ直すのも面倒で、あまり時間もなかったので、我慢してカップ半分くらい飲んでから家を出た。そんなものを飲んだから、その反動で今日はコーヒーの本ばかり買ってしまったのかもしれない。コーヒーのおいしい店ならいくらでも世の中にある。だけど、「どこにも行かなくて済むっていうもの」にはどうやったら出会える? ああ、そうだ、私は「やっと、見つけた」と思える感覚に出会いたいのだ。それは、喫茶店でなくても何でもいい。本だって、ヨガの先生だって、なんでもいいのだ。私は何ともしれない何かをこのところずっと探しているのだ。
c0001023_2144207.jpg

今朝、ameen's ovenの、ルバーブのクグロフが届いた。
はちみつにつけ込んだルバーブが、カットするたび断面に現れる。
探しているものを見つけた瞬間もいいものだけど、予期しないものが表層に浮かんだ瞬間もまたいいものだと、クグロフをナイフで切りながら考えた。
by asian_hiro | 2009-06-19 22:40 | パンSPECIAL!! | Comments(4)
Commented by じじ at 2009-06-22 10:15 x
私も、旅先の知らないカフェで本を読むのが大好きです!
夜は居酒屋で読みます。(話しかけてくれる人がいたら閉じるけど)

「どこにもいかなくて済むっていうもの」があるからこそ、
一人旅って楽しくありませんか?
私は行くたび、その「もの」を実感するのです。

ヨガ、せんせいによって全然違うものになるってすごくわかります。
苦手ながらも、以前何度かチャレンジして、
インド人女性の先生の時は楽しいし、体が変わるようでした。
中国人の先生に習った時は、あれは完全に、
ハードなエクササイズだったなあ。
いい先生に出会えたhiroさん、よかったですねぇ~^^/
Commented by asian_hiro at 2009-06-22 21:00
>じじさん
思い出した、あなたはひとりで居酒屋に入る強者でした…(笑)
今もひとりで入っているの?
まさか、お嬢ちゃんとふたりで?

「どこにも行かなくて済むもの」は、少し離れたほうが
はっきり見えるのかもしれません。
だから、旅に出られるのかもしれないね。
中国人の先生にヨガを習ったことはないけれど、
太極拳はキツかったなあ。
ヨガの数百倍つらかったことを思い出します。
Commented by とろりす at 2009-06-26 00:25 x
喫茶店や本のくだり、めちゃくちゃ共感します。
「ここ」、って本当に見つからない。
「ここ」と思ったはずが、次回は違ってたり。
どこでもありな気もするし、どこでもだめな気もする。
自分の作ったコーヒーは好きだけど、やっぱり何かが足りないし。
喫茶店ではないけれど、私は最近
これ以上なにもいらないし、増やしたくない、これさえあれば他には何も要らない。
と思うものがありましたよ。現実的ではないけれど、精神的には…って感じで。

Commented by asian_hiro at 2009-06-27 21:34
>とろりすさん
年を取るにつれ、「まあ、いっか」で済ませることが
多くなってきたような気がします。
それは「どこでもあり」という気持ちに
通じるのかもしれないけれど、
それは結局「どこでもだめ」ということとイコールなのかも
しれません。
わたしも、これ以上なにもいらないし、増やしたくないと
思っています。
…あ、でもパンとカメラだけはついつい買っちゃうかも(笑)

精神的に見つかった、というとろりすさん。
ぜひ、近々お会いしましょう。
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