旅は、いつもこの曲とともに始まる。
旅の途中、わたしが口ずさむ曲のレパートリーはそれほど多くない。
多くないというか、たった2、3曲しかないというのが正解か。
そのなかの貴重な一曲が、忌野清志郎の「500マイル」だった。
もともとは、アメリカの女性フォークシンガーの歌で、
その後もいろいろなひとがカバーしているらしいけれど、
わたしにとっては、忌野清志郎の歌う「500マイル」がすべて。
昔、買ったCDのなかにこの曲が入っていて、
繰り返し、繰り返し、聴いたのだ。
まさか、自分がやがて「汽車を待つ側」のひとになるとも知らずに。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
思い出数えて、500マイル。
やさしいひとよ、いとしい友よ。
なつかしい家よ、さようなら。
数年前、ミャンマー中部の
湖のほとりにある小さな村に出かけたとき、
宿のベランダで胡弓を弾いた。
水面に映る夕陽を見ながら、何とはなしにこの曲を奏でていたら、
宿で働く青年が眼下の通りに勢い良く駆け出して、
わたしに向かい、「グッ!」と親指をつきだした。
彼も、この曲が大好きだったらしい。
ふるさとを離れ、遠くへ働きに行く者の心情を歌ったこの曲が。
今回の旅の途中、夜行列車に乗ろうとバスで駅に向かったら、
車内でラジオ音楽が流れていた。
大きなバッグパックを膝の上に抱え、
窓の外を流れる景色を見ていると、
ふと、耳に入って来たのは「500マイル」の懐かしいメロディ。
歌詞はインドの言葉に翻訳されていて、
曲調も、なんとなく日なたの暖かさがぽかぽかと漂うみたいに
ゆったり、おおらかにアレンジされていたけれど、
それは、紛れもなくあの曲だった。
汽車の窓に映った夢よ。
帰りたいこころ、おさえて。
おさえて、おさえて、おさえて、おさえて。
哀しくなるのを、おさえて。
耳に入るインド調の「500マイル」に合わせ、
日本語の歌詞を口ずさむ。
オンボロバスの揺れはひどく、
わたしの歌など決して誰にも聴こえない。
やがて、車やひとが絶え間なく行き交う大通りの真ん中で、
バスはゆっくりとスピードを落とした。
「駅だよ」と、親切な車掌が教えてくれ、
バスを路肩につけてくれる。
ありがとう、と言って5ルピーを彼に払い、
わたしは、夜行列車に乗るために駅をめざした。
恋しさを感じるために、「500マイル」をくちずさみ、
切なさを振り切って、また、新しい町へ向かうのだ。
※一部、忌野清志郎さんの歌詞より抜粋いたしました。