アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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廃村
ある、冬晴れの休日に。
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一枚の絵を見て感じることがさまざまであるように、
ひとつの景色を見て、思うこともひとそれぞれ。
だけどそこには、その絵や景色にわざとある感情を共鳴させて、
外へ解き放ちたいという願望が働いているんじゃないだろうか。
たとえば、悲しい音楽を聴いて泣きたいというのは、
そもそも、自分のなかの「泣きたい」という気持ちを
外に押し出したいと思うからで、
悲しい音楽は、単なる手段に過ぎないのだと思う。
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そう考えるなら、絵を観に行ったり、音楽を聴きに行ったり、
ある景色を見に行ったり、旅に出たりすることは、
こころが身体に送るシグナルやSOSのようなもので、
実の目的は、絵や景色を見ることそのものではなく、
それらを見たり聴いたりしたときになんらかの感情を吐き出し、
なにかを昇華させることに違いない。
意識しようとしまいと、そんなことは大差なく、
ひとの足を動かす大きな力が、そこにある。
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昨日、山奥にある廃村へ出かけた。
ひとの住まなくなった家には、音も体温もないけれど、
その代わり、なにか得体の知れない大きなものが
ひっそり息を潜めて忍んでいる。
わたしは、それが怖いと思った。
「怖い」と思うものの正体を言葉にすれば、
たぶん、それはひとの念。
ひとが想いを込めたものにはこころが宿り、
それは、ひとが去っても生き延びる。
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もしかしたらわたしは、
「怖い」と感じるような圧倒的なものの存在を
こころのどこかで求めていたのかもしれない。
廃屋が、静かにひっそりと朽ち果てていく様子は
時の流れがゆるやかで美しくも見える。
斜めに傾いた扉から差し込む冬の光は、
とてもまぶしく、生き生きと見える。
それでも「怖い」という思いが先に立つのは、
わたしのどこかに、なにかを恐れ、不安に思う
恐怖心のようなものが巣食っていたからで、
身もふたもなく言ってしまえば、
どさくさに紛れてその「怖さ」を解放してしまえれば、という意図が
そこに、あったのかもしれない。
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廃村を出て町へ戻る途中、車窓から満月を見た。
この月の光が、いま、あの廃村を照らしているのだ、
そこに解き放ったわたしの残像も
きっと、あの場所でこの青白い光を浴びているのだと思うと、
なんとも言えない気持ちになり、
その心境をたとえていうなら、たとえばそれは、
河原や山道で、自分がそこに至ったという証に
平たい小石を積み上げるような感じに似ていて、
なんとなく、今日は道しるべのような一日だと思った。
by asian_hiro | 2009-01-12 21:44 | 日々のこと | Comments(0)
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