アジアとアジアの飯をこよなく愛するライターの、「旅」と「パン」と「おいしいもの」があれば幸せな毎日の記録です。
by asian_hiro
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First and Start
ここから、はじまる。
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人生で起こることは、すべてよいことである。
これまで何度、この言葉を繰り返したかわからないし、
どこでこの言葉を知ったのかも、もう忘れてしまったけれど。

この秋と冬と春先は、
「ああ、すべてはここへ辿り着くまでの道筋だったのか」と
感じることが続いて、
ものごとがピタリ、ピタリと落ち着くべき場所へ
おさまっていくことが多かった。

あたまをフル回転して、ああでもない、こうでもないと
シミュレーションばかりすることは、
たいていの場合、現実にならない。

そして、思いがけず、ふとしたところに
こたえが転がっていたりする。
選ぶべき人生は、
然るべきところで、ちゃんと待っていてくれるのだ。

*

紙のデザイナーと、Webのデザイナーと、なんでもライターのわたしで
キュレーションサイトを立ち上げました。
よかったら、ぜひ遊びに来てください。

Small Happy Things
# by asian_hiro | 2016-06-01 22:41 | 日々のこと | Trackback | Comments(6)
10年間のおしまい
Be happy!!
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久しぶりに、バイクに乗った。
キックしてエンジンをかけ、いつもと違ったことがしたくなって
高速を走ってみた。
夕暮れの東京を走りながら、
世界には、とても気持ちよい空気が流れているのだと思った。

*

先日、電車に乗っていたら、偶然ヨガの先生と会った。
ふたりきりで、長く話すのははじめてで
最初、ちょっとぎこちなかったのだけど、
「あなたがいるから、あのスタジオ、続けているんです」
と、わたしが言うと、想像以上に喜んでくれた。
機会があったら、ずっと言いたいと思っていたこと。
それを伝えただけなのに、こんなに喜んでもらえるなんてと、
なんだかとてもうれしくなった。

*

「最近、わたし、やさしくなかったなあ」
あるヨガスタジオで、主宰者を取材していたとき、
クラスを終えたばかりの会員さんが
話している声が耳に入った。
わたしも、その気持ちはよくわかる。
ヨガをしていると、
自分のこころがずいぶん尖っていたことに気づくときがある。
こころは、放っておくと尖ったり、すり減ったりして、
たやすくでこぼこになってしまうみたいだ。
そのトンガリをやさしく包み、すり減っている部分に手を当てて、
そしてまた、まるいこころを取り戻す。
わたしにとって、ヨガとはそんな時間なのだと思う。

*

「それを学ぶ時間は、もう、終わったのです」
インドで師事している3人の先生のうち、
いちばん最近、習い始めた先生はときどきこう言う。
もう、次のステップに来たのだから、
たとえ、できていないとしても、
いまは、それを練習すべきではないと。
「過去のことを何度も思い出して、
自分をdefeatするのは愚かなことだ」
あるとき、先生はそう言った。
どういう脈絡でその言葉が出たのか、覚えていないけれど、
そのひとことは、わたしのこころにずいぶん深く突き刺さった。
毎日、思い悩むことのほとんどは、
どれだけ考えたって、こたえが出ないことばかりだ。
そもそも、一度、「こうしよう」と決意しても
「やっぱり…」と後戻りしてしまうのだから、
こたえなんて出ないのだ。
でも、「それを考える時間は、もう、終わったのだ」と
ひとつひとつ、とびらをガシャリと閉めていけば
わたしの場合、悩みの9割は減るような感じがする。
もう、戻らない。
一度、腹をくくったのなら。

*

ずっと、曲名を知りたかったうたがある。
ときどき、ヨガのレッスン中やスタジオで流れている曲で
淡々と進んでいく和音と、まっすぐな歌声がこころに残る。
なんとかして、曲名を知る方法はないだろうかと
あれこれ手を尽くしていたのだけど、
昨日、ほんの偶然からその曲名を知った。
うれしかった。これだと思った。
それ以来、その音楽ばかり繰り返し聴いている。
元来、好きな音楽は何度でも聴く性分だ。
まるで、世界からその音楽以外、みんな消えてしまったみたいに、
何度も何度も、リピートする。
このうたを聴いていると、
こころが感情の波で洗われていくのがわかる。
やさしさと、愛しさと、とても大きな、さみしさの波。

*

想いには、かたちがない。
だから、ひとは想いを行動で表そうとする。
あるひとは、その想いをうたで表現するかもしれない。
あるいは、ことばで。あるいは、おいしいごはんで。
あるいは、花束で。あるいは、ジョークで。
あるいは、手を握ったり、抱きしめたりすることで。
あるいは、ただ見守るという行為で。
それならいったい、わたしはなにで想いを表そうとしているのだろう。
自分のために学ぶヨガ。
自分のために聴く音楽。
自分のために作る食べ物。
自分のために書くことば。
そこに、なにがあるのだろうか。

*

数回、10日間の瞑想合宿に参加したことがある。
1回目はインドで、そのあとは日本で行ったのだけど、
なにも話さない、ひとと目も合わさない、
朝6時から夜9時くらいまで、
ひたすら目を閉じて座りっぱなしという毎日では
たえず、いろいろな感情が浮かび上がっては消えていった。
3回目に参加したときだっただろうか、
10日間を終え、いよいよ沈黙明けというときに
瞑想を指導してくれた先生が、参加者に向かって
"Be happy!"と、笑顔で言った。
その瞬間、わたしのなかの、
なにかの窓が開いたみたいに、重いなみだがぽったりと出た。
今日の夜、友だちとお酒を飲んだ帰り、
家までひとりで歩きながら、なぜか、そのときのことを思い出した。
そして、Beの主語は、自分じゃないかと初めて気づいた。

*

このブログを書き始めて10年間、
たくさんのひとにお越しいただきました。
どうもありがとうございました。
更新は、これでおしまいです。
ずっと考えていたことですが、
そろそろ、あたらしいステージへ行ってもいいかなと思いました。
この10年間のうち、もっとも印象に残っているのは
ニューヨークで書き続けた1年間。
ずっと憧れていたニューヨークでようやく仕事を見つけ、
はじめてのひとり暮らし。
うれしくて、キラキラして、
さみしくて、しんどくて、辛くて、それでも楽しくて、
毎日のいろいろな感情を、このブログに書き留めたことを
つい、このあいだのことのように思い出します。
ニューヨークへ行く前も、そして、帰国してからこれまでも、
たくさんのことばをありがとうございました。
また、どこかでお会いする日がありますように。
みなさん、お元気で。
ありがとうございました。
# by asian_hiro | 2015-08-30 00:01 | Trackback | Comments(37)
足踏みに、なんの意味もない。
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やらない理由を考えるようになったら
わたしの場合、危険信号だと思うので、
まずは、動くことが大事なときもあるのだろう。
脳科学的に考えれば、
やる気は、待っていれば出るものではなく、
行動してこそ、出るものらしい。
動いた分だけ、靴はすり減り、傷も増えるかもしれないけれど、
傷ついて、気づいて、築く。
あらためて、この言葉の意味を想う。

ヨガ友だちの、佳き日に、
自分への、言い聞かせとして。
# by asian_hiro | 2015-08-10 23:40 | 日々のこと | Trackback | Comments(10)
モーターサイクル・ダイアリーズ
夏の夜、部屋を暗くして映画を観る。
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なんだっけ、今日、ひさしぶりに
書きたいことがこころに思い浮かんだのに
わすれちゃった。
そのときの自分の行動を
ひとつひとつ、振り返ってみるけれど、
やっぱり思い出さない。
しかたないので、コーヒーを淹れて、
昨日から何度かに分けて観ている
「モーターサイクル・ダイアリーズ」を再開。
この映画を観るのは、ひさしぶりだ。

インドのリシケシに、一軒のバイク修理屋がある。
作業服を着たインド人が黙々と修理をしていて
わたしもときどき、チャイを飲みながら
店先でその様子を眺めていた。
ある日、「じゃあ、行ってくるよ」と、
修理を終えたばかりのロイヤルエンフィールドに乗って
欧米人の男性が、颯爽と旅立って行った。
わたしが乗るならこの型だなと、勝手に考えていた
ブラックとシルバーのロイヤルエンフィールドは
旧式の、500cc。
彼はあのバイクとともに、
いったい、どんな景色を眺めたのだろうな。
# by asian_hiro | 2015-08-08 23:13 | 日々のこと | Trackback | Comments(4)
神社のなか、石段に座り。
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現実を受け入れることと、がんばるのを止めることは、
同じではない。
無理をしないことと、挑戦しないことは、
まったくちがう。
先日取材させてもらった話を、
ものすごく男っぽく書きたいなあと思いながら、
そんなことを考えていた。

その一方で、なんでかなあ。
最近、まちで浴衣を着たひとの姿をよくみるせいかな。
昔、好きだった「夏祭り」を聴きたくてyou tubeで探した。
空に消えてった、打ち上げ花火。
お祭りのあとの、どこかさみしい感覚。
もう、ほんとうに夏なんだなあ。
# by asian_hiro | 2015-07-21 21:39 | 日々のこと | Trackback | Comments(2)
存在
「ある」ではなくて、「あり続ける」。
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今朝、電車に乗り込むとき、
売店で、自分の書いた本が売られているのを見つけた。
結構、苦しい思いをしながら原稿を書き上げて、
何度か、クライアントとの間でやり取りを繰り返したのは
つい先月のことだ。
その原稿がようやく手から離れたあとは、
「ハイ、つぎ!」と、新しい仕事に取り組んでいたのだけど、
やっぱり、それは終わったわけでも、消えたわけでもなかった。
わたしの手から離れてもなお、確実に存在していた。

一度、世のなかに出た自分の原稿を見直すことは、
わたしの場合、ほとんどない。
それらの行き先に興味がないのではないし、
本当は創るだけではなく、売るところまで考えないと
ビジネスとしては失格なのだろうけれど、
正直なところ、どうでもいいかな、という思いもある。
その本を必要とするひとが、それを手に取ってくれるなら。
そして、そこから新しい一歩が生まれるなら。
それで充分、価値があると思っている。

先日、友だちと久しぶりにZOPFへ行った。
みんなでテーブルについて、
「いつ以来だろうね」なんて話をしながら、パンを食べた。
わたし達がここへ来ても、来なくても、
この場所は、確実に存在し続けている。
「また、おいで」という店長のことばが
なんだかとても胸にしみて、
そのときのことを、今朝、駅で本を見つけたときに思い出した。
# by asian_hiro | 2015-06-30 22:12 | 日々のこと | Trackback | Comments(4)
運命
もう、どこにも行かなくていい。
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完熟の梅の実が安く売られていたので、
3kg買って、全部、ジャムにした。
ジャムのレシピはいろいろあり、
茹で方やあくの取り方、砂糖の量などさまざまだ。
3kgのうち、2kgをいつものやり方で作り、
1kgは新しい方法で作ってみた。
そういえば、秋に栗の渋皮煮を作るときも
以前は、こんなふうにいろいろなレシピを試していた。
水を加えずに砂糖だけで煮てみるとか、
砂糖の種類を変えてみるとか、
あく取りに使う重層の量を減らしてみるとか、
あれこれ試したけれど、
結局、いちばんピンと来るものに落ち着いてからは
もう、そのレシピ1本に落ち着いた。
ジャムは、まだその域に達していないので、
これからも、いろいろなレシピを試すだろう。
「これさえあれば」というものに出会うまで、
トライ&エラーは続くのだ。
(まあ、ジャムにエラーはほとんどないのだけれど)

こんなことを考えながら、朝、いつもの道を歩いていて、
人生って、同じことの繰り返しだなと思った。
インドでヨガを始めたとき
師事したい先生を探すために、
リシケシ中のヨガスクールを訪ね歩いたのも、そうだ。
これまで、何十のスクールに参加したかわからない。
町なかに貼られたポスターや人伝の情報などを頼りに、
毎日、違うクラスに参加した。
でも、どれもいまいちしっくり来ない。
「これだ」という感覚が得られない。
そんななか、ポスターもちらしも一切ない、
ただ、クチコミだけで生徒がどんどん集まってくる先生の話を聞いた。
それは、ほんの偶然で
場所も時間も、ほとんどはっきりしないまま
「参加できたらいいや」程度の
軽い気持ちで出かけていったのだけど、
その日が、わたしにとって人生の分かれ道だったのだと思う。
クラスが始まった瞬間、「これだ」と思った。
1つだけ、欠けていたピースがぴたりと収まったような
そんな感覚は、いまでもはっきり覚えている。

もう、探さなくていい。
どこにも行かなくていい。
これさえあればいいというもの。

最近、たまたま知り合ったひとは、
クレイジーケンバンドが大好きだそうで、
「ほかの音楽は聴かないんですか」と尋ねたら、
「聴かないねえ。クレイジーケンバンドを知ってからは、
そのなかに、全部が詰まっている感じがしてね、
もう、ほかのものを聴く必要がなくなったんですよ」
と、言った。

その話を思い出しながら、
クレイジーケンバンドの曲を聴く、日曜の夜。
冷蔵庫にはたくさんの梅ジャムが入っていて、
近々、会う予定になっているひとたちに、
少しずつお裾分けしようと思っている。
今週は大粒の青梅を買って、梅酒を作ろう。
梅酒のレシピにもいろいろあって、
ホワイトリカーを使うか、ブランデーを使うか、
あるいは、日本酒で漬けこむか、
まずは、どれから試すかな。
# by asian_hiro | 2015-06-14 22:12 | 日々のこと | Trackback | Comments(4)
ベトナムから帰国、そして、山。
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夕方の空が、あまりにきれいで
屋上に駆け上がって、ひとりじめした。
東京タワーの方角は、あわい桜色とみず色の組み合わせ、
富士山の方角は、燃えるようなオレンジ色の夕焼け。
特に、富士山から続く山並みがとてもきれいで、
この夏には、どこか山へ行こうと唐突に思った。
こういう唐突な思いつきは、たいていの場合、実行される。
そして、今日という日を思い出しながら
わたしは山に登るだろう。

先週、母とベトナムへ行った。
ベトナムを訪れるのは10年ぶり、2度目のこと。
毎日、雑貨屋を巡り、市場を歩き、フォーや生春巻きを食べ、
チェーと共に足を休め、ベトナムコーヒーでひと息いれた。
何度も通ったタイに比べると、
ベトナムは、空気もひとも柔らかい。
みんな穏やかで、やさしくて、
はにかむような笑顔がとても印象的だった。
わたし自身は、ひとも、町も、食べものも、
クセが強ければ強いほど好きというタイプなので、
わたしのなかで、ベトナムがインドを超えることはないけれど、
またいつか、ゆっくり訪れたいと思っている。

南国から帰ってきたばかりなのに、
いまは、どこかの山に登りたいという気持ちが強い。
昨日、紀尾井町のCOOK COOP BOOKに立ち寄り、
レシピ本を一冊購入したとき、
山小屋の本を立ち読みしたせいもあるのだろう。
地球上のあらゆる音を吸い込むような、静かな、静かな山の夜。
そんな時間を慈しみながら、ただ黙って過ごしたいなあ。
# by asian_hiro | 2015-06-09 21:31 | | Trackback | Comments(3)
traveling
足を止めたら、もったいない!
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夏になったらやりたいこと100選を考えながら
いつもの6キロコースをジョギングした。
甘いかおりの風が全身に吹き付けてきて、
ああ、夏も近いんだなあと思った。

夏になったらやりたいこと100選。
そのうち、30くらいは決まっている。
あと70は、飛行機のなかで考えようか。
考えながら、たぶんいい夢を見そうだけれど。

いってきます!
# by asian_hiro | 2015-05-29 00:09 | 日々のこと | Trackback | Comments(6)
銭湯の話
泣きたいときは、銭湯へ行け。
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小さい頃、毎週日曜日は銭湯の日だった。
父親が運転する車に乗って、夕方、家族で銭湯へ行った。
お風呂上がりにはお弁当屋さんに寄って、
みんな、好きなものを買って、家で食べた。
わたしと妹はたいてい唐揚げ弁当、
母は鮭弁当か海苔弁当、
父はなんだったかな、幕の内かな、
家に帰るとテレビでは大相撲が放送されていて、
それを見ながら、お弁当を食べた。

大人になったいまでも
ときどき、銭湯へ出かけている。
2月のブログにも書いたけれど、
お湯に浸かりながら、みんなのおしゃべりを聞くのが大好きだ。
天気の話、旦那の愚痴、孫自慢。
おばあさんたちは、下腹部に縫ったあとのある人が多く、
そうした傷を堂々と見せながら、みんなでガハハと笑っている。
女って、なんて逞しくて素敵なんだろう、といつも思う。

2月に書いた銭湯は
残念ながら今年の3月で閉店してしまったので、
最近、新しいところへ通い始めた。
天井ギリギリのところに大きなあかりとりの窓があり、
日中に出かけると、太陽の光が燦々と差し込んで気持ちいい。
いちばん混み合うのは夕方で、
夜、遅くなると再び混み始めるが、
その隙間は、意外とあまりお客がいない。
混んでいても、空いていても、わたしはどちらでもいいので
いつも、気が向いたときに足を運ぶ。

泣きたいときは、銭湯へ行け。
昔、だれかにそんな言葉をかけられた。
あれは誰だったっけと考える。
どうして、そのひとはわたしにそんなことを言ったんだろう。
そのときのわたしは、いったいなにに泣きたかったんだろう。
まったく記憶がないけれど、ときどきふと思い出すその言葉。
銭湯に集まる女性たちが見せる裸は、みんな生命力にあふれていて、
涙も、血も、悲しみも、
これまでいっぱい流してきたんだろうなと思わせる。
そんな女性たちの姿を見ながら、
ひとり透明人間にでもなったかのように、湯船に浸かっていると
たしかに、なにかが軽くなるのだ。
だいじょうぶ。
まだいける。
だけど、涙はここに置いていけ、と。

女に生まれてよかったなと感じる瞬間は、
銭湯のなかで、女性の裸を眺めるとき。
生み、育て、慈しみ、
ぜったいに負けるもんかっていう、
ゆるぎない、リアリティ。
# by asian_hiro | 2015-05-26 00:08 | 日々のこと | Trackback | Comments(4)