祈った相手は、神さまじゃなかった。

突然、病院から電話があり、
財布とPASMOとiPhoneだけ手に取って家を飛び出した。
ひとりになる―。
そう思うと、つい目の底に力が入り、奥歯の噛み締めが強くなる。
それなのに、次の瞬間にはあたまがフラフラと楽観思考に走っていく。
現実を正面から見つめたくなくて、
無意識に、根拠のない期待へ逃避しているのだと思った。
電車に乗って、乗換駅まで20分、そこからさらに25分。
とにかく、
とにかくなにもしないではいられなかったので、
イヤフォンを耳に突っ込み、iPhoneで音楽を聴いた。
ゆっくりで曖昧な音楽はとてもじゃないけど耐えられそうになく、
あたまに浮かんだのは、Daedelusの曲だった。
Untitled 4、Rabbit Ears、そして、Hope for the Best 。
この明るくアップテンポなリズムに、いったいどれだけ励まされたか。
Get the Door、Arouse Suspicion、Play It Again、
Anchor Steam、Sawtooth EKG。
そしてまた、Untitled4に戻る。
地下鉄のホームを走り、病院に駆け込んで、
焦り、なみだぐみ、不安になり、
そして、ようやく数時間後にホッとした。
夕方、治療を待つあいだ、
処置室の前に張り出された「今週の献立」を見つつ、
明日の朝は
「パン、炒り卵のトマトあん、中華風サラダ、牛乳」なのだと思ったら
なぜだろう、
なぜかわからないけれど、右と左の手のひらを
合わせたくてたまらなくなり、ひとりしずかに合掌した。
そしてまた、音楽を聴き始め、
ただなにもせず、呼吸だけを続けた。
咄嗟の瞬間、あたまに浮かび、
どうか、と祈った相手は神さまではなかった。
なぜ、そのひとのことを思い浮かべたのかわからない。
でも、たぶんそばにいて欲しかったのだろう。
ほんとうに、心細くて辛くて、なみだがこぼれそうな瞬間に。
夜、家に帰ってお風呂に湯をはっている間、
しょうがを千切りにし、ホットジンジャーハニーレモンを作った。
インドでよく飲んだもの。
とろりと甘い液体は熱い軌跡を残し、胃のなかへ落ちていった。
そしてまた、今も同じ音楽を聴いている。
忘れないように、今日のことを残しておく。
しばらく、おやすみです。